幽斎

炎上する大地の幽斎のレビュー・感想・評価

炎上する大地(2021年製作の映画)
4.4
2019年9月~2020年2月!オーストラリアで起きた大規模森林火災。焼失がポルトガルの国土を越える面積に及んだ。野生動植物の一部は完全に死滅、生息地の多くを失った固有種も多い。貴方がどんなに優しい人でも本作を観れば怒りに打ち震えるだろう。AmazonPrimeVideoで0円鑑賞。

ポルトガルと言うとピンと来ないが、日本の北海道と青森県を足した面積でイーブン。北海道より狭い国の方が圧倒的に多いから、如何に焼失面積が広いか分る。京都市は政令指定都市の中で最も火事の少ない街。私の住む左京区南部も南禅寺を初め、多くの貴重な寺社仏閣が立ち並ぶ。全ては木造で火事に為れば消防車で延焼は防げるが、国宝は失われてしまう。皆さんが京都に来てタバコの吸殻を見ない理由の1つ。

環境問題をテーマとしたドキュメンタリーは実に多い、理由は「儲かるから」。皆さんよくご存じアメリカ元副大統領Al Goreが製作した「An Inconvenient Truth」不都合な真実は、ハリウッドの大作を押しのけ大ヒット。私がこの世で最も信じないモノは心霊でもUFOでもなく「経済評論家」。彼らが巨万の富で裕福に生活してると聞いた覚えが無い、全ては結果論だから。不都合な真実も御膝下のアメリカの科学者の多くから事実誤認やデータ誇大化に依るセンセーショナリズムを煽ったとして、完全に否定された。彼が主宰するキャピタルは、二酸化炭素取引市場、太陽光発電、電気自動車等の出資により資産が6000万£に増え、世界初の環境ミリオネアと皮肉られた。

本作も火災よりも、環境問題にクローズアップ。地球温暖化と言うボヤッとした危機感は、情報弱者を騙すパワー・ワードとして最強。二酸化炭素の排出権がビジネスとして熱を帯び、脱火力発電のカーボンニュートラルの一方で、「地球温暖化に対する懐疑論」も根強い。因みにNASAは太陽の活動が活発だから地球が温暖化に見舞われるとコメント(笑)。本作は情報の脆弱性を問うが、森林火災よりも厚顔無恥な政治家の方が恐ろしい。

Eva Orner監督(美人)は、代表作「闇へTaxi to the Dark Side」アメリカ兵がアフガニスタンのタクシー運転手を拷問死させた事件で、アカデミー長編ドキュメンタリー受賞。私が彼女の作品を観たのは「ビクラムの正体:ヨガ、教祖、プレデター」。カリスマな熱狂的ファン、いや信者の居るヨガ指導者が参加者に対してレイプを犯し続けた実録を暴いた。私的2019年最優秀ドキュメンタリー。誰でもタイ式マッサージ店を開きたい(嘘)。

監督の権力に対して容赦ない姿勢は、自らのフィールドであるオーストラリアの闇を見事に炙り出す。矛先はオーストラリアのScott Morrison首相。彼の主張は「二酸化炭素の排出と気温は無関係で彼らの主張は事実に反してる」。自ら国会で石炭の塊を見せ、気候変動を防ぐ為に化石燃料を控える人を恐怖症だと嘲笑う。彼ら保守派の最近のムーブメントは「ペンテコステ派」キリスト教から派生。日本人で知ってる人は居ないかもしれないが、世界的に無神論者を中心に急速に支持を拡大してる。

本作を観て思うのは「気候変動」に答えは無い。原発にしても東日本大震災を教訓に急速に否定された。元を正せば原発は火力発電の元と為る石油が無尽蔵では無いと言う科学的知見に依って産み出された。しかし、現在の認識は石油が枯渇する事は無い、で一致してる。それって日経新聞並みの信用度(笑)。太陽光など自然エネルギーでは儲からないと、原発に回帰する。何事も「Trivialize」トゥリヴィアライズ、矮小化しない。

私の仕事で最も大事なのはエビデンス、再現可能な科学的知見。温室効果ガスを信じる、信じないの二極論は誰かの決め台詞「それって貴方の感想ですよね」と同じ、低次元の「論破カルチャー」に過ぎない。アメリカで言う「Cynicism」シニシズム、日本語で言うと冷笑主義、最近聞かなくなった皮肉、と言った方が分り易い。論破カルチャーと同じで、人を見下す事で自分のマウントを取る。サイエンスに反論するなら、エビデンスの有るサイエンスで反論して欲しい。

本作も「論破カルチャー」VS「科学的エビデンス」の対決。描かれる大規模災害はリアルに「地獄の黙示録」を彷彿とさせる、それで失われた森林、野生動物には何の罪も無い。火災の詳細について映画では意図的に語らない。後で考えるとオーストラリアの方々は詳細を知ってるので、Orner監督も省いたと思う。しかし、情報に乏しい日本人から見れば少し不親切。イギリスのドキュメンタリーの様に、俯瞰した視点も必要だろう。

本作はRooney Mara主演「キャロル」を製作したオーストラリアのWith Dirty Filmsの作品だが、アメリカでは利権が絡んで買い手が付かず、北米ではAmazonスタジオが配信。しかも、アメリカのレビューは不評が多い。それは本作に「感動」が無いから。映像は素晴らしく、ロジックも理解出来る。だが、山火事と戦った人々の熱量が足りず、行儀が良すぎる演出に感情移入出来ないと否定的な意見が並ぶ。一言言って良いですか?「それって貴方の感想ですよね」(笑)。

私はドキュメンタリーに感動を求める時点で間違ってると思う。これはテレビを筆頭としたマスメディアの幼稚さも起因してる。私は基本的に日本のテレビは見ない、特にNHKは見ませんが「不都合な真実」に騙される安直さ。映画にエンタメ性を求め、金を払って見てるから感動させてくれるだろう、と言う姿勢には心の底から軽蔑する。貴方も愚かな人間の仲間入りをしたくは無いだろう。全ての人が問題の加害者。オーストラリアが燃える映画を観て感動したいなら、それは放火魔と同じだと思う。

2022年5月21日の総選挙で与党は敗北、Morrisonは5月23日に首相を退任した。
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