幽斎

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの幽斎のレビュー・感想・評価

4.0
【幽斎的2023年ベストムービー、ミニシアター部門次点作品】
最低映画殿堂入りの変態映画「スイス・アーミー・マン」Daniel KwanとDaniel Scheinert、下品な監督コンビが「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」ボンドガールMichelle Yeoh主演で描くカオス映画。Tジョイ京都で鑑賞。

えっ?アカデミー作品賞なのに点数低いって?、正直こんなモンだと思いますよ(笑)。長いタイトルをそのまま引用したギャガのセンスに拍手を送りたいが「エブ・エブ」って。北米は「EEAAO」。本作はインディーズ系IAC Films制作、監督コンビが脚本を書いてメジャーを渡り歩いたが全て断られた。しかし、AnthonyとJoe Russo「アベンジャーズ」コンビが「本当に映像化出来るなら実に面白い!」映画なんて一か八かだよ、仰る通り。

ルッソ兄弟のブランド力は流石、タックス・クレディット税額控除を受ける。当初の娘役は中国系の父と韓国系の母を持つ「シャン・チー/テン・リングスの伝説」Awkwafina。しかし、撮影前にドタキャンされ同じシャン・チーのStephanie Hsuに決まる。シャン・チーにも出演したMichelle Yeohの推薦だろう。作品は恙なく完成したが肝心の配給会社が決まらない。何とかルッソ兄弟の神通力でインディペンデントの雄「A24」に決まるが「ウチは制作費はビタ一文保証しないから」全く期待されず。ソノ証拠にお披露目が映画祭では無くSXSWサウス・バイ・サウスウエスト、フェスに近い音楽祭。

そんな訳で北米でも限られた劇場公開で全く無名だが、X旧ツイッターやTikTokで評判が広がり、異例の大ヒットを記録。ソレがアカデミー作品賞とは監督コンビも、ルッソ兄弟もA24も誰も予想出来なかった。特にA24はCOVIDの直撃を受け会社がアップルに身売り危機まで追い詰められ、正に起死回生の一撃。A24最大のヒット、ハリウッド史上最大の逆転劇と評されたが、ヤッパリ映画なんて一か八かだよ。

Michelle Yeoh 楊 紫瓊 60歳!。「007」を愛する身からすればアジア系ボンドガールとして活躍した彼女が、アカデミー主演女優賞まで上り詰めた事は感慨深い。私の母親世代だが、彼女はマレーシア人。007でハリウッド・デビューしてマレーシア文化の架け橋として国王から勲章まで授与された。アクションに目が行くが、私的には「宋家の三姉妹」文芸作品の演技力も高く評価したい。因みに旦那はフランス人Jean Todt 77歳。F-1の総元締FIA国際自動車連盟元会長。フェラーリの監督を務め世界チャンピオンを獲得。滅茶苦茶金持ちだけど、アンタ良い趣味してるよ(笑)。

とは言え本作は誰にでも大手を振ってお薦め出来る作品では無い。アカデミー作品賞とか「エブ・エブ」のCMに釣られて観た方は「はぁ?」と劇場を後にした方も居るかも。私は難しい作品を言語化する事は得意とは言わないけど好きですが、本作は久し振りにムズイ(笑)。不謹慎な作品が奇跡的な完成度に到達してるので、私の職場でも「エブ・エブの何処が凄いのか?」良く聞かれる。全ての原因はマルチバース。

マルチバースと云えば「アベンジャーズ/エンドゲーム」「スパイダーマン:スパイダーバース」「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」素晴らしい、私はアベンジャーズ関連作品を全て観てない(笑)。Multiverseは「多元宇宙」と訳され、私達の宇宙以外に観測する事が出来ない別の宇宙が存在する概念を表す宇宙用語。一つの宇宙を表すユニバースに対するマルチ、複数のバースは異なる宇宙が物理学的に共存する考え方。映画のマルチバースは都合よく解釈されるが、本来はパラレル・ワールドが正しい。

なぜ本作はマルチバースの世界を描く事が必須なのか?。人間が選択する行動の1つ1つに分岐点が有り、人生の世界線も無限に分岐する。私の実話だが、元カノは勤務先に近いカフェの店員さん。その日の京都は生憎の雨で、湿度が高く私はアイス・コーヒーが飲みたくて、カフェに行った。店員さんは某大学の学生でアルバイト。私がVAIOを広げて電子書籍を読んでたら、店員さんが「オーギュスト・デュパン、私も好きです」と言われた。(エドガー・アラン・ポーの短編小説に登場する世界初の探偵)以下省略(笑)。

京都が蒸し暑く無かったら?、私が別のカフェに行ったら?、彼女がバイトのシフトに入って無かったら?、分岐点が無数に存在する世界は本作でも人間の起源まで遡り、ホモサピエンスが進化から敗北する世界線も有った。ソレがホットドッグヒューマン。言ったでしょう、監督コンビは下品だって(笑)。Ke Huy Quanは無数の世界線を移動するが、コレも「マトリックス」のパクリ。無数のマルチバースの時間軸は並行して動いてる。コレも「インターステラー」のパクリ。冷静に考えると本作にはオリジナリティが無い事に気付く。しかし、観てる間は観客にソレを悟らせない。ソコが秀逸なのだ。

Michelle Yeohの無数のマルチバースの中で最も悪手なのが、コインランドリーを経営するエヴリン。Ke Huy Quanと結婚しない世界線ではカンフー、女優、歌手、料理人等々。様々な未来が在り得た中、彼女はマルチバースの悪ジョブ・トゥバキと対決する。世界をカオスに陥れる凶行を止めるべく、別のバースのKe Huy Quanはエヴリンを探し続けた。私は劇場で観ながら本作がおバカなアクション映画では無く、論理的に創作された映画である事に途中で気付いた。本作を一見だけで論ずるのは、見切り発車に過ぎる。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

Ke Huy Quan演じるウェイモンドが離婚を切り出す理由は?。私は冒頭から喉に刺さった小骨の様に、此の点がプロットの最重要ポイントの様な気がして為らなかった。彼は嘘偽りのない心優しい男。ウェイモンドは、エヴリンの苦しみも理解してた。駆け足で描かれるので見逃しがちだが若い頃、両親を捨て駆け落ち同然に連れて来た彼だが、生活の基盤コインランドリーの経営は上手く行って無い。エヴリンを不幸にしたのは自分のせいと苦しんだ。だから離婚して彼女を自由にしたいと思ったのだ。

マルチバースを自由に行き交う彼は、Michelle Yeoh以上に重要なキーパーソン。彼はどの世界線でも人と人を繋ぐ事が出来る「誠意」のメタファー。相手を攻撃するのでは無く、人に優しくする事で状況を打開する術が彼には在る。Jamie Lee Curtisの描き方も秀逸で、彼女は決して嫌がらせをしてる訳では無く、コインランドリーを訪れエヴリンを連行する際、ウェイモンドの話に耳を傾け「誠意」を示して拳では無く、対話で解決した。その姿を見たエヴリンも、敵を倒す戦法では無く、対話に依る戦いに身を投じる。

エヴリンは広東語で父親に話し掛けるが、ウェイモンドは北京語で育ちの文化の違いを表してる。エヴリンは北京語と英語でジョイに話し掛けるが、ジョイは達者な英語と下手な中国語で答える。母と娘は言語の段階でも自分の考えを表現する言葉を見つけられず、分裂したまま。秀逸なのは主人公はNicole Kidmanではなく「初老」の「アジア系」の「女性」しかも「移民」で合衆国内国歳入庁とトラブルを抱える。

領収書の山の意味がどれだけの人に伝わるのか不安だが、移民が抱える混沌とした問題を、アメリカお得意のカウンセラーとか弁護士では無く、国税で展開するアイデアは地味に凄い。作品を観た時は丁度確定申告の時期と重なったが、アメリカの税務は日本以上に複雑でTaxReturnと言うが、アメリカ人ですら税に対する複雑性に嫌悪感を抱く事が、そのままマルチバースの複雑さ、移民として暮らす複雑さを明快に表した。本作の真のテーマは自傷的な「希死念慮」だが、石だって感情は有る。白人のアメリカ人から見れば日本人、中国人、マレーシア人も皆、石の様に同じに見えると言う痛烈なメタファー。先ずは自分の人生を肯定する事から始めよう、本作は貴方の背中を力強く押してくれると信じてる。

Michelle YeohのMichelle Yeohに依るMichelle Yeohの為の映画。

【おまけ】ノミネートの中から私のアカデミー賞も戯言で選んでみたい。※印は既にレビュー済作品。
「作品賞」※トップガン マーヴェリック
「監督賞」逆転のトライアングル リューベン・オストルンド
「主演男優賞」※イニシェリン島の精霊 コリン・ファレル
「主演女優賞」※TAR/ター ケイト・ブランシェット
「助演男優賞」その道の向こうに ブライアン・タイリー・ヘンリー
「助演女優賞」ザ・ホエール ホン・チャウ
「脚本賞」※イニシェリン島の精霊
「脚色賞」ウーマン・トーキング 私たちの選択
「撮影賞」※エンパイア・オブ・ライト ロジャー・ディーキンス
「視覚効果賞」※THE BATMAN-ザ・バットマン
「音響賞」※トップガン マーヴェリック
「編集賞」※エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

「ザリガニの鳴くところ」ノミネートすらされないのは納得逝かない(笑)。
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