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千の太陽の一のレビュー・感想・評価

千の太陽(2013年製作の映画)
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最低限ジブリル・ディオップ・マンベティ『トゥキ・ブキ』を観ていないと楽しみづらいとは思うが、これ素晴らしい。デニムジャケットにカウボーイブーツを履いた老年の男性が『真昼の決闘』のテーマ曲をBGMに牛を追う雄弁なオープニング。彼こそ40年前『トゥキ・ブキ』に主演した俳優マガイェである。その日、アフリカ映画史に輝く『トゥキ・ブキ』の野外上映会が行われるという。妻に服装を注意されつつ支度をし、口煩い若いタクシー運転と政治の口論を交わし、会場に向かう。路上に広げられたスクリーンに映る華やかなスーツを着た自身の姿を指差しながら、「あれ、オレ」と自慢気に話すマガイェに対し、子供たちは「全然違う」「ウソだ」「別人だ」と残酷な反応を示すシーンは、コミカルだが胸が痛い。舞台挨拶を終えたマガイェは、『トゥキ・ブキ』のストーリーが、さも自分自身の経験であるかのように語りだす(もちろん実際はマンベティによる創作のはずなのだが)。映画の主人公モリーと同じように、40年前に初恋の女性と別れ、それ以来会っていないが今でも彼女を想っているのだと。ここから虚実の混交が加速し、アメリカへの長距離電話と劇映画的切り返し編集を経て、映画は超現実の域にまで達してしまう。それでも、主演映画が今になって再評価されたものの、その間タガールで40年くすぶっていた彼の人生、フランスへ向かう船に恋人を残してタガールで生きることを選んだ『トゥキ・ブキ』のモリーのその後の人生は交わることができるのだ。初恋の相手アンタ(『トゥキ・ブキ』のヒロインの役名そのものである)との電話での会話の中で、マガイェはアメリカからフランスへの逃亡者であるジェームズ・ボールドウィン『ジョバンニの部屋』の台詞を引用してみせる。「人はそこを離れるまでは故郷を持つことができない そして離れれば二度と戻ることはない」その言葉に倣えば、アンタは戻れない故郷を持つ人間であり、マガイェは故郷を持てなかった人間である。その二人を現実か幻かアラスカで出会い直す雪のシーンが感動的だ。エンディングで再び流れる“ハイ・ヌーン”の「私を見捨てないで」の歌詞が再び切なく響く。
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