櫻イミト

哀愁の湖の櫻イミトのレビュー・感想・評価

哀愁の湖(1945年製作の映画)
3.5
マーティン・スコセッシ監督のオールタイムベストの一本。テクニカラーによるサイコスリラー系メロドラマ。監督は「裏町」(1932)などメロドラマの名手ジョン・M・スタール。原題「Leave Her to Heaven(彼女を天国に去らしめよ)」。

流行作家リチャード・ハーランド(コーネル・ワイルド)はニュー・メキシコのロービー家に招待され、エレン(ジーン・ティアニー)とその異母妹ルース(ジーン・クレイン)に会う。エレンは弁護士ラッセル(ヴィンセント・プライス)と婚約していたが、リチャードと恋に落ちスピード結婚。リチャードの病気療養中の弟ダニーのもとへ報告に行く。順調に思われた結婚生活だったが。。。

閣下殿のご紹介で鑑賞。

前半の平和な流れが貯めになり、中盤に発覚する違和感と加速していく狂気への流れがとてもリアルに感じられた。エレンの独占欲は過剰ではあるがその行為は(善悪は別として)理不尽とも言い切れず、原題の引用元であるシェイクスピア「ハムレット」のような文学性を孕んだ悲劇として堪能した。

プロローグの湖とボートが印象的。このシチュエーションには条件反射的に「陽のあたる場所」(1951)を連想してしまうのだが、その予感は的中してしまった。同作よりも6年早いので本家はこちらの方だった。

新婚水入らずで過ごしたいエレンと、仲間や家族と共に過ごしたいリチャード。この価値観の違いは実社会でもよくある話で、カップルとしては成立しないパターンが多いかも。本作の場合は直情型のスピード婚が元凶だったと思う。

ヴィンセント・プライスは「肉の蝋人形」(1953)でブレイクする前の下積み時代の出演だが、短い出番にも関わらず異様な存在感を放っていて、後のホラー名優の片りんを見せていた。終盤の検事としての圧力は特筆ものだ。元々の婚約者だった彼とエレンが一緒になっていたらもう少し上手くいっていたように思えた。自己愛が強すぎる者は得てして他者に不寛容であり、その自覚がないのが大きな特徴だ。

このところ映画で三本立て続けに散骨シーンを観た。前二本は海への散骨で、本作のような山で乗馬しながらの散骨シーンは初めて観た。エレンの骨も同じように撒かれたのだろうか。カトリックでは散骨は否定されているので、彼女はプロテスタントか無宗教なのだろう。そんなことを考えるとタイトルは原題「彼女を天国に去らしめよ」の方がずっと味わい深い。

※スタール 監督は後年の「ジェリコの壁(The Walls of Jericho)」(1948)でもコーネル・ワイルド×ジーン・ティアニーを希望したが、ティアニーの調整がつかずアン・バクスターがキャストされた。
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