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カラオケ行こ!の傘籤のレビュー・感想・評価

カラオケ行こ!(2024年製作の映画)
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合唱コンクールの帰りにヤクザに目を付けられ、一緒にカラオケに行くこととなった中学3年生の聡実と、組長に変な墨を入れられたくなくて必死に歌を練習する男、狂児。おかしな出会いを果たし、おかしな関係性を維持しながら、徐々にカラオケ屋において友情(?)を育んでいく過程をおもしろおかしく、かつエモーショナルに描いたコメディ映画。

主演のふたりが良い。狂児役の綾野剛が発するフラフラとちょっと浮世離れしつつ、親しみやすさを感じる雰囲気。独特のフェロモン。聡実役の齋藤潤からかもし出される悩みが多く弱々しい、しかし純粋で心優しく繊細な性格。ふたりが同じ空間にいるシーンは、この映画において世界から守られた「安全圏」だ。時間が進むことで、状況が、人間関係が、身体が、声が、どうしようもなく変わっていかざるを得ないという”喪失感”をテーマとし、その一歩手前にある彼らだけの「大事な時間」を描くことを目的とした本作は、彼らの姿を軽やかに捉えることで、相乗効果として俳優も物語もより魅力的なものとなっている。

好きなシーンはいくつかあり、聡実が家で家族と共に食事をする場面、母親が自分のサケの皮を取り、何も言わずに父親へ渡す。父親も、何も言わずにごはん茶碗をそちらへ向け、サケの皮をごはんの上に置かせる。セリフが排除されスローモーションになったこのシーンは、心も体も変化の途上にある聡実が、「愛」とはなんなのか、その一端を理解するわかりやすくも美しい場面だ。

あと、個人的には聡実が合唱の練習をさぼり、息抜きとして訪れる「映画を観る部」で『カサブランカ』とか『自転車泥棒」なんかを観ていて、ここが一番好きだった。自分も学校にあんな空間があったら間違いなく入りびたると思う。というか学生時代に友人宅で似たようなことをしていたので、あの空間の安らぎとか良さって、あとになってしみじみ良かったことに気づくもんだよな~なんて自分と重ねて観ていた。

ただ、仮にも部長である人間が、気分次第でホイホイ部活さぼりすぎだし、まわりの大人や部員も和田くんを除いてみんなそれを許してる、なんなら気にしてないくらいの描写にしていて、それはさすがに気になった。仮に変声期だったとしてもまわりに迷惑をかけていい理由にはならないと思うんだけどな。まあとはいえ、中学生とヤクザがカラオケで歌の練習をするという時点でほとんどファンタジーみたいな話だし、終始一貫してゆるくふざけた雰囲気がある映画なのだから、ある程度自分自身でリアリティラインを下げながら観た方が吉だろうなとは思う。

本作のベストシチュエーションは個人的には上記した「映画を観る部」における一連のシーンなのだけど、やはりクライマックスに用意された聡実がカラオケ屋で『紅』を独唱するシーンも忘れられない。そこに至るまで、狂児との関係性を丁寧に丁寧に描いてゆき、合間で『紅』の歌詞に込められた意味を観客に浸透させることにより、心を震わせるエモーショナルな場面となっている。この場面は声変わりをする聡実の「いま、ここにしかない瞬間」を体中で、声をはらしながら表現している場面であり、主演の齋藤潤にとってもそれは同様だろう。だからこそ、そのリンクがより観客の胸を打つ。この曲の歌詞に込められた想いと、聡実の心境が見事に重なった瞬間の、声変わりをする”いまだけの歌”だったからこそこんなに胸に響いてきたのだろう。

原作におけるコミカルで熱しすぎない温度感、すこし調子をずらすことで生まれる独特のテンポ。そこら辺を上手く表現できており、漫画原作の映画化として満足度の高いできだった。『ファミレス行こ!』もやるなら観ます。元ファミレスに入り浸っていた経験のある身としては観ないわけにはいかない。
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