幽斎

スマイルの幽斎のレビュー・感想・評価

スマイル(2022年製作の映画)
4.8
鑑賞後の第一声「コレは映画館で見るべき」。全く無名の新人、Parker Finn監督が制作した超低予算サイコ・スリラー。北米で初登場2週連続一位の快挙。最も成功したスリラー(ホラー)と辛口の批評家からも絶賛された、2022年滑り込みセーフの年間ベスト級の傑作。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

監督は2018年「The Hidebehind」バックパッカーが見知らぬ「何か」に遭遇した短編で映画デビュー。既に本作への片鱗を感じさせるモーメントを残す。作品が評価されスポンサーの付いた監督は次作でハリウッド映画に出演歴の有るオーストラリア女優Caitlin Stasey主演の短編「Laura Hasn't Slept」制作。Chicago International Film Festivalで遂に受賞を果たす。短編は無料で御覧頂けます。
www.youtube.com/watch?v=tP7imEcclVk

SXSWサウス・バイ・サウスウエスト映画祭でメジャー、パラマウントの重役は配信用の低予算スリラーを物色する中、監督に「君、此の作品を120分以内の長編に出来る構想は有るかね?」尋ねる。短編の多くは一発勝負で監督のエッセンスを凝縮して作られるが、多くは長編の構想前提では無い。短編は無料で御覧頂けます。監督のイントロダクション付きでどうぞ。
www.youtube.com/watch?v=uy3t633Q4w0

監督は「はい、直ぐに用意出来ます!」即答。パラマウントは知名度ソコソコでギャラの安い女優を探すとレビュー済「チャーリー・セズ/マンソンの女たち」Sosie Baconがヒット。知名度とはハリウッド・スターKevin Baconの娘、確かにアゴはソックリ(笑)。短編のCaitlin Staseyも同じ役で共演。他にもレビュー済「バトル・インフェルノ」Kyle Gallner等、配信作品にしてはソコソコのキャストを揃えた。

一丁上がり!の筈が、完成した試写を見た重役は「コレってマジで面白い」と全米で全ての人が見た(笑)、私の2022年裏ベストムービー「トップガン マーヴェリック」の劇場で本作の予告編をバンバン流した。タイトルも「Something's Wrong With Rose」から「Smile」へ変更。予告編もシャレが効いてパラマウントのロゴが表示されると、星のアーチが笑顔に見えるよう、逆様に為る熱の入れよう。製作費1700万$で興行収入2億20000万$を突破!。未見の方は予告編は見ない事を忠告して於く。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

レビュー済で性感染症がテーマ「イット・フォローズ」、悪魔の呪いがテーマ「死霊館 悪魔のせいなら、無罪。」正常進化と言えるプロットが秀逸。使い古されたテンプレでも健全にミックスすれば、上位互換に成る事を証明。「無表情」=「不条理」スリラーの十八番だが、「笑顔」のジャンプスケアと言えば、私が5.0評価した「ミッドサマー」。口を閉じ口角を上げ静止されると「不気味の谷」好感とは逆の嫌悪感、負の要素が現れるのは視覚効果に頼らず俳優の渾身の笑顔だけで適応して見せた事が成功の要因。

日本では映画「おくりびと」知られる「納棺師」故人に笑顔を取り戻す復元サービスが有るが、死体を燃やさず生き返りを信じるアメリカに、そんな風習は無い。冷静に考えれば灰に為るのに「笑顔で送り出す」のは生者のエゴ、死と笑顔がダイレクトに結び付くから怖い。オープニングは短編通りツカみはOK!、監督の「さあ、始めるゾ」と言うスマイルが目に浮かぶ(笑)。精神経的な幻覚か、オカルト的な呪いか?、誰も怪奇を目撃しない事で主人公が孤立するのは、昭和の世から変化の無いプロットだが、精神科医に説得力が乏しいので、観客もヤレヤレと匙を投げそうに為る。

しかし「皆さん、チョッとお待ち下さい!」通販番組のフレーズの様に、唐突にブッ混まれる最大の「アレ」は、伏線は解り易く練られた跡も有り、多くの観客が「おぉ・・・」唸る仕掛けが実に面白い。短編と違い劇伴とか音響も計算され、同じ低予算でもメジャーの格の違いを感じた。邦画に詳しい友人は「黒沢清監督のCUREのパクリじゃね?」言ったが、私は「ソレを言うならザ・リングだろ」。観客の感性を信じて余計な情報は排除、しっかり怖がらせた上、理解出来るスクリプトを塗り込んだセンスだと思う。

Sosie Baconもキャリア最高の演技、父娘共演も近いのでは。監督の演出も特段のテリフィックが有る訳では無いが、過去の名作が創り上げたアプローチを、現代風に的確にアレンジして自分の映画としてリビルドする、巧みな表現力の賜物。11分の短編を115分に拡大すれば、レビュー済「ライト・オフ」の様に失速するのが当たり前。キリスト教国のアメリカでは自殺は御法度に近く許されない。だからこそ「負の連鎖=過去のトラウマ」説得力を積み重ねる事で、ラストへの訴求も加速する。

ラストのオチはアメリカでも評価が割れるが、私は土壇場で失速したとは思わない。最後まで「スマイル」押し切らないのは意図的で「イット・フォローズ」も「結局、何だったんだよ!」自分の理解の低さを棚に上げ罵倒する。満を持して現れた怪異が、気に喰わない方も居るだろう。急な凡庸の結末だが、見せないと文句を言うスリラー初心者への配慮だろう。寧ろアレを見せる事で「良かった、普通のホラーだった」安堵感を与える役割すら果たしてる事に気付いて欲しい。結末のクローズを最低で最悪を選択したのは嫌いでは無い、寧ろ好きかも(笑)。

本作のテーマは「人を信じるのは怖い」だが「人を信じないのは最と怖い」。今年の新入社員は「固定電話が恐怖」真顔で言う。スマホと違い見ず知らずの人から来る固定電話は、彼らには未知の領域。電話取次サービスも新たなビジネス・チャンスだが「若い奴は根性が無い」と言う上司の会社にお勤めなら、転職した方が良い。本作はアメリカで言うFTOF「face-to-face」対面でコミニュケーションしない現代への警鐘も込められた。私の生涯一位作品「SAW」を塗り替えるポテンシャルを監督は持ってると太鼓判を押したい。

武士道の格言「笑うと言う行為は本来攻撃的なモノ、獣が牙を剥く行為が原点なのだ」。
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