ヘソの曲り角

美と殺戮のすべてのヘソの曲り角のネタバレレビュー・内容・結末

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

"被写体には誇りを持ってほしい"

ドキュメンタリーの真髄を見たような気がする。とにかくアツかった。ナン・ゴールディンは自分のことよりも姉や数多くの友人のことを語り、その親愛なる人たちとの日々や創作活動そして悲劇的な別れを通してナン自身を浮かび上がらせる。ナンは自分のことについても当然すさまじい怒りを示してきたがそれ以上に身近な人のために全力で怒ってきた。親に精神病患者扱いされ自殺に追い込まれた姉や偏見により十分なエイズ治療を受けられず死んでいった同性愛者の友人たちへの熱烈な感情がナンの原動力になってきたのだ。

本作で一応本筋となるのはオピオイド中毒をアメリカ社会に引き起こし数十万人を中毒死させた製薬会社とその創業者サックラー家への抗議ならびに薬物中毒治療への偏見の払拭についての活動であった。サックラー家がドラッグをばらまいて得た莫大な資産が美術館に寄付されているのを受け、それを拒否するよう実際に美術館に行ってデモを起こす。カメラはデモの様子を撮るわけだが第三者的でなくデモの参加者の一員としての視点で撮られているような気がした。ナンとのかなり密接な協力関係のうえでこの作品が作られているのが(当然っちゃ当然だけど)かなり伝わってくる。監督スタッフ撮影班の取材対象との信頼関係がかなりうまく成立していると思った。

これは無粋な疑問かもしれないが、サックラー家からの寄付金はけっこう高額だと思うのだが今後それが得られないことのリスクって結局解消されたんだろうかとちょっと気になった。まあ金より命なのは当たり前なのだが。

原題all the beauty and the bloodshedの引用元が姉が入院時の医師の記録からだということがわかる締めくくりは、ナンの姉への愛を最も感じさせる素晴らしい結びだと思う。