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夜明けのすべての傘籤のレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
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人にはそれぞれ固有のペースがあり、人付き合いの距離感も、仕事に対するモチベーションも、何に対して喜びを感じ、何に対して悲しさを覚え、何に対して苦しさを感じてしまうのかは、当然だけど違うものだ。そういう当たり前のことを描いた映画。それが本作『夜明けのすべて』。

PMSの症状も、パニック障害の症状も、一緒くたに「こういうものだ」とカテゴリーに当てはめることなんか出来ない。それをまとめて処理しようとするから「普通」という根拠に乏しい概念に苦しむ人が後を絶たないのだと思う。でも、この映画では、そんな「不和」をこれ見よがしにあげつらうようなことはしない。
ここではひとまず上記にあげた症状を患っている人を主役に添え、彼ら彼女らが抱える苦しみに寄り添い、なおかつ必要以上にドラマチックにすることを避け、たんたんと経過してゆく時間を映し取る。おそらくPMSやパニック障害はひとつの題材に過ぎず、もっと広範囲の、多くの人が望んでいる「安心して生きることができる場所」を描くことが目的であり、だから本作はたくさんの人からあたたかく受け入れられているのだろう。

やがて見えてくるのは「人は見かけや印象で判断してはいけない」「相手をカテゴリーにはめることで世界を狭めているのは自分自身」「人それぞれにペースがある」そんな当たり前のこと。そしてそれは当たり前であるはずなのに社会の仕組みによって忘れてしまったり、あるいは覚えていても、優先順位が下がり、なかなか簡単には実生活には反映されないことでもある。
だから私にはこの「栗田金属」という、彼らが所属している会社が、なんだかユートピアに見えてしまう。こういうみんなが優しい会社も世の中には当然あるだろう。そして本来はこういう窮屈ではない会社、ひいては社会こそが理想なのだと思う。でも正直私には、窮屈さを描かないことはリアルさを減じる要因のように見えてしまう。生活や仕事における嫌なことをまるで「嫌じゃない」ように描いているような。もっと正確に言えば優しい部分のみ描いており、その一面性しか見せてもらえなかったような。こんな優しく前向きな作品を、そんな穿った見方をしてしまって申し訳ないと思いつつ、そんな風にも感じてしまった。まあ、そういう「理想」を描くことで、逆説的に現状の窮屈さを訴えている、という見方もできなくはないけれど……。

個人的には男性がひとり、女性がひとり出てきたら、イコール恋愛に発展するというなんのひねりもない、むしろ非現実的な流れに組しなかった点、主演ふたりの自然な演技、時間や状況の変化を、小物や服装や部屋の内装など、ちょっとした点で理解させる美術および画面作りの上手さ、ここら辺はは好きだった。
てーか最近『PERFECT DAYS』にしろ『枯れ葉』にしろ本作にしろ、こういう穏やかで何気ない日常を捉えた映画が増えつつある気がする。時代の要請なんだろうな、きっと。誰かが悩み、傷つく姿を見せなくても人に届く物語は造れるし、むしろどこか適当な地点で「終わる」物語よりもこちらの方がいま求められている「リアル」なのだろう。
でも、でもなあ、なんかこういう「安心な世界」で「癒される」映画ばかり観てると食傷気味になってきちゃうなあ。夜があるから宇宙(外側)に思いを馳せることができる。闇こそが想像力を掻き立てる。最後読まれた手紙に書かれていたことはまったくその通りだと思う。であるならば、なおのこと、この映画はちょっと”明るい面”ばかり描きすぎじゃないかなと。

うーん、上記した似たタイプの映画を思い浮かべて食傷気味に感じたせいで、こんなグダグダした感想になってしまったけど、穏やかな空気感はやはり良いし、主演ふたりの演技も悪くないので、トータルとしてはいい作品です。映画は観るタイミングも重要だよなあと、本作の感想とは無関係な言い訳めいたことを言って締めてみる。
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