レインウォッチャー

セフレの品格(プライド) 初恋のレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

4.0
なんてエロメロ、なのに爽やか。
美味しいケーキ屋さんの生クリームみたいにしつこさ控えめで、気づいたら半ホール、え、もう半分あるの?うれし、みたいな。

なにがって、やっぱり抄子(行平あい佳)がどこまでもフツーなのが良い。
30代後半に差し掛かるシングルマザー、同窓会きっかけでかつて憧れてたイケメンエリートと始まった初めてのセフレ関係…ていう、もはやchatGPTも欠伸しそうなベタから始まるわけだけれど、彼女には特に背負うドラマがないのだ。

バツ2のシンママという設定はあるにせよ、心身は健康で、娘との関係は良好(すぎる気もするが)だし、とりあえず経済面で喫緊の不安とかもなさそう。
この「フツー」は、すくなくとも今作においては退屈の原因にはならず、「セックスを特別にしすぎない」というちょっとした哲学にすら繋がっていると思う。たぶん、これこそが今作のもつ《品格》なのではなかろうか。

彼女は、何かからの逃避とか、狂気的な執着とかのためにセックスを選んだのではない。ただ偶々そこに然るべきタイミングで出会っただけ、コップを傾けたら水が溝へ伝ったような自然の成り行きとしてセックスをして、だんだん「モラリスト」などと呼ばれた自分が変わっていくのを実感していく。

そのこわごわした変化は、セックスと同じ甘さで彼女を満たして、輝かせる。最初は受け身から始まった関係で、徐々に主導権を手繰り寄せるようでもある。
それは彼女が尊厳の在り処を見つけ直すということでもあるのだけれど、その過程が淫靡!とか女の情念!とかではなく微笑ましくすらあるのが魅力だ。ラストのひとことの収まりの良さにも表れてる。

もちろん、劇中では相手の一樹(青柳翔)との関係がこのままで良いのか?とか悩む過程があったり、変化の副産物として厄介な上司がストーカー化したりとか、一樹側には色々ドラマが添えられてたりとかはする。どれもが、選択に伴う責任の話だ。

しかし、それらはあくまでもラブコメ的な一貫という感じ。正直なところ、何かの再現Vみたいで見てられへんなコレって瞬間も折々であったりする(※1)のだけれど、そこもまあなんか愛嬌の一部としてニヨニヨしながら過ごせちゃう。

この独特でナチュラルなトーンを実現するのは、ひとえに行平あい佳さんの存在感によるところが大きいと思う。
一樹に甘えたり快楽に身を任せるときと、娘と話すとき、親友に胸中を打ち明けるとき、職場の食堂でうどんを啜るとき、それぞれで異なる表情を見せ、年恰好すら違って見える。それは色気の自然なオン/オフ(※2)ともいえるし、これこそが「フツー」なんだとも気付かされる。誰もがいくつも仮面を持っているし、誰かにとっては特別になり得る。

劇中でも何度か言及されることだけれど、要するに《セフレ》なんて呼び方のアヤだけなんだろうな。何かちょうど良いワードさえハマったら、途端に後ろめたさがなくなるのかも。
すこし前、タレントのYOUが成田悠輔氏と対談している動画を観た。そこで彼女は「性も趣味も家庭も、全部の選択肢がずっと同じ一人の相手しかないなんて元から無理がある」みたいな発言をしていて、なんだかそこそこ納得してしまった。だからこそ、相性の合う相手を見つけた尊さは代え難い。

コンドームを発明した瞬間から、人類にとってのセックスは、記念日をお祝いしたりとか、おでん屋で呑むのと何ら変わらない娯楽なのだ。じゃあ、恋人とは、セフレとは?心とは、体とは?
今作はそんなことを説教臭くも厭らしくもなく思い出させつつ、ちゃんとセックスがしたいなって思わせる作品にもなっていて、素敵だった。

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※1:主に、どの台詞を口に出すか・出さないか(他意はありません)のチョイスの点で。

※2:「TVっぽさ」がどうにも抜けない恋愛映画やドラマのヒロインに足りない匙加減の正体を教えてもらった気がする。