森の緑に包まれる。木々のざわめきに耳を澄ます。背景を電車が走り抜けるのだけど、その音が聴こえない。あの「聴こえなさ」の感慨を、なんと表現したものか。
映像と音響に齟齬がある。しかしそもそも、映像と音響は別物なのだ。つまりこの映画では、映像と同じくらいの強度で、音響が立ち上がっている。カメラが構図を決めるように、マイクは拾う音を決めている。音響が映像の付随物みたいに感じられる作品が多いなかで、この映画は違った。鳥が飛ぶのが見えるから、羽ばたきが聴こえるのではない。羽ばたきが聴こえるから、鳥はスクリーンを飛ぶのだ。
あっさりしたタイトルバックから謙虚なスタッフクレジットまで、90分弱ずーっと良かった。中盤のモノローグがラストで静かに回収されるのも好き。あなたの名前を思い出せないこと。名前なんか本当はないこと。あなたとわたしに大した区別はないらしいことが、少なくとも今は、なんとなく心地がいい。
