櫻イミト

月山の櫻イミトのレビュー・感想・評価

月山(1979年製作の映画)
4.0
森敦の芥川賞受賞作『月山』(1973)の映画化。監督は「鬼の詩」(1975)の村野鐵太郎。アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。友里千賀子のデビュー作。

山形県の修験道霊場・月山。その麓の豪雪地帯にある湯殿山注蓮寺に、社会からドロップアウトした青年(河原崎次郎)が一冬を過ごしたいとやってくる。かつて即身仏を生んだその寺で、青年は古文書を張り合わせた囲いを作り寝床とする。ある晩、村で最も魅力的な若い娘(友里千賀子)が寝床で彼を待っていた。。。

先日、出羽三山(月山・湯殿山・羽黒山)を旅した折に本作を知り鑑賞。現地で得た知識が本作鑑賞の上で大きな手引きとなった。

①日本に現存する即身仏17体のうち、10体が出羽湯殿山系の即身仏
②出羽参拝は“東の奥参り(陰)”と呼ばれ、“西の伊勢参り(陽)”と対を成す
③羽黒山は「現世」、月山は「死後」、湯殿山は「未来」を秘める

つまり本作の舞台は日本最高の霊地ということである。これほど沢山の仏像が映し出される劇映画を他に観たことが無い。本作は現代の日本人が日本古来の宗教で現状を突破できるかどうかを描こうとしている。

主人公は現代の生活に行き詰まり空海が開いた山奥の寺に逃避する。冬は交通手段が途絶える豪雪地の村は閉塞的で、“村外の男と一緒になると不幸になる”という迷信の元、月に一度開かれる村内の宴会は下世話な笑いで盛り上がり密通も行われる。主人公にも男女の縁はあるものの、結局は何も行動を起こすことはせず、ただ大根汁を食す日々が続く。果たして、春を待たずに主人公は山を下りる。

彼は何を悟ったのか?一個の石が読み解く上での重要なカギとなるが、非常に文学的で簡単には解らない。原作の解題として“1970年前後のカウンターカルチャーの潮流だった現代文明批判(暗黒舞踏やヒッピーなど)の総括”と語られていた。これには同意できる。現代人は現代の現実からは逃げられないということだろう。映画の終盤、主人公は冬の月山を遠くに眺め「初めて見たのに何だか懐かしい」とつぶやく。月山は「死後」の山だ。人生は無から始まり無に終わる。誰もがその間を生きているにすぎないことを、今一度思い出させられた。

未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん ~論語より


冬期は観光客など入れない出羽三山の様子も鑑賞できる貴重な一本。一方で驚きなのは、古来より「語るなかれ、聞くなかれ」とされ、現在も撮影禁止の湯殿山の御神体が映っていた事。実は「湯殿山麓呪い村」(1984)でも映りこんでいた。当時は解禁していたのか???
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