ThePassenger

心中天網島のThePassengerのレビュー・感想・評価

心中天網島(1969年製作の映画)
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演出、撮影、美術、音楽。あらゆる面において豊かなイマジネーションを感じさせ、近松門左衛門原作の古典芸能と前衛的アプローチとを巧みに融合したハイブリッドな映像からは篠田正浩の才気がヒシヒシと伝わってくる意欲作だ
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大阪天満の紙屋主人・治兵衛は妻子持ちの身ながら、遊女の小春と心中の約束をするまでの深い仲になっていた。商売に支障をきたすほど小春に入れあげる治兵衛を見兼ねた兄や叔母は何とか縁切りさせようとするものの、彼らの結びつきは案外強く、そう易々と関係が精算されるはずもなかった
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遊女と床を共にするのにいくら必要だったのかはわからないが、曽根崎新地で引く手数多の相手となれば決して安くはないだろう。子供をふたり養ったうえで、そこへ三年に渡り足繁く通い詰めるだけの経済的余裕があるのだから、紙屋は一応儲かっていた、と思いきや、裏では女房が自分の着物を質に入れて遣り繰りする台所事情だったことを当の治兵衛はつゆ知らず

既婚者を示す「お歯黒」「眉剃り」を顔に施した貞淑な女房のおさんと、客の気を引くために艶やかさを纏った遊女の小春を岩下志麻の二役にした点が面白い。篠田は「沈黙」においてもポルトガル人宣教師役に丹波哲郎を起用するなど、キャスティングのセンスがなかなかユニークだ

墓場で治兵衛と小春が交接するシーンは生と死の間で揺れ動くふたりの心情をよく表しており、吐く息の白さが妙に生々しい。ここは人形浄瑠璃や歌舞伎とは異なる「映画」ならではの描写にして、本作を象徴する場面と言える

あたかも舞台劇の如く、全編で黒子を配した演出が斬新。その黒子の手を借りて治兵衛が首を括るラストは鮮烈な印象を残す

(2023-62)
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