櫻イミト

トロピカル・マラディの櫻イミトのレビュー・感想・評価

トロピカル・マラディ(2004年製作の映画)
4.0
「ブンミおじさんの森」(2010)のアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の最高傑作とされる一本。タイ原題「Satpralat(怪物)」。英題「Tropical Malady(熱帯の病)」。

プロローグ
森林警備隊員のケンたちは死体を発見する。中島敦の『山月記』が引用される。「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」

第一部
前日譚。ケンと氷屋で働くトンの同性愛の始まりが穏やかに微笑ましく描かれる。トンの犬が病院で癌と診断される。二人はバイクで観光洞窟に出かけトンは夜の闇を帰っていく。あくる日ケンは、トンと見知らぬ男の2ショット写真を発見しショックを受ける。

第二部「魂の道」
森林では家畜の牛が連続していなくなり魔物の仕業だと噂される。ケンは一人で森に調査に行く。さまよううちに身体に刺青を入れた全裸の男(トンと同じ演者)と出くわし格闘、崖から転がり落ちる。夜になりケンは、蛍が密集する一本の木、森に帰る牛の霊を目撃する。そして木の上の虎と対峙する。。。

ウィーラセタクン監督作を初鑑賞。すごく面白かった。前半は恋の始まりのトキメキを日常のエピソードを重ねて描き出し、後半は一転して緊張感のあるスピリチュアル体験が描かれる。簡単に解釈してしまえば、恋への憧れと恐れを、孤独な森での夢あるいは妄想で再現したと言える。病院と犬のエピソードなど、記号論的にこだわればさらに深堀りはできそう。

リアリズムな映像にポップスと自然音を配していてとても観やすい。森の幻想的なシーンにCGの嫌味は感じられず、特に虎は非常に良い具合に映っていた。話はわかりやすく解釈は多様にできるという理想的な映画だった。

寓話的な演出や精霊の扱いは「もののけ姫」(1997)などのジブリ映画に通底している。既視感を感じたのは「ライフ・オブ・パイ」(2013)のライオンで、森の神としての位置づけが似ていると思う。キリスト教文化圏外の、アジア映画の名作に共通する鍵は“森の神”かもしれない。
櫻イミト

櫻イミト