ボブおじさん

ダークナイトのボブおじさんのレビュー・感想・評価

ダークナイト(2008年製作の映画)
4.5
2001年公開の「チョコレート」でビリー・ボブ・ソーントンの息子役を演じ、冒頭40分足らずの出演ながらその確かな演技力で強烈な存在感を示したヒース・レジャーは、その後「ブロークバック・マウンテン」(2005)で、マーロン・ブランドの再来と評されるなど誰もが認める次期ハリウッドスターの第1候補に躍り出た。

そして満を持しての「ダークナイト」(2008)である。実はこの映画の前作「バットマン ビギンズ」(2005)のキャスティングにおいて、ノーラン監督はヒース・レジャーにバットマン役でオファーを出していた。しかしヒーロー映画に興味のなかったヒースはオファーを蹴ることになる。

結果的にその選択は、伝説のヴィランとして今でもファンに熱烈に支持されるジョーカーを誕生させた。だが同時に誰もが予想しなかった悲劇をも生み出してしまったのだ😢

天才クリストファー・ノーランはバットマンシリーズを3作手掛け、俗に〝ダークナイト3部作(The Dark Knight Trilogy)〟とも呼ばれている。

第2作目の「ダークナイト」をシリーズの呼び名にしていることからも分かる通り、3作の中でもこの作品が飛び抜けて出来がいい。

この映画が魅力的なのは、映画の構造が意図的に計算された二重構造になっているからではないだろうか?

誰でも気づくことだか、この映画の中でバットマンは、闇の世界からゴッサムの街を守ることの限界を感じ、自分は身を引こうと考えている。自分の代わりに表舞台から街を照らす地方検事ハービー・デント(アーロン・エッカートが好演)の出現が彼にそう決意させた。ハービーの武器は法と勇気なのだが、この辺りの展開は最後の西部劇とも言われる「リバティ・バランスを射った男」を思わせる。

ストーリー的には、共にヒーロー側のバットマンとハービーだが、明らかにバットマンが隠でハービーが陽となっている。

一方の悪の化身ジョーカーは自分の目的を果たすためなら、相手が警察だろうとマフィアだろうと徹底的に利用し、裏切り、始末する。だが彼の目的は、金や地位や名誉ではなく世界をカオス(混沌・無秩序)の中に巻き込むことで〝人の本性を暴き出すこと〟である。

政治的・倫理的な正義といった建前ではなく、究極の状況下で人がどの様な決断をするのかを暴き出す。その姿に観ている観客もいつの間にか巻き込まれていってしまう。

共に超法規的な行動を躊躇いもなく行うバットマンとジョーカーはコインの表裏の様な関係だが、ヒーローのバットマンが隠でヴィランのジョーカーが陽に見えるのは、あながちその服装の色だけが理由ではないだろう。

つまりバットマンは、ヒーローの世界でも陰の存在であるだけでなく、映画全体の中(アンチヒーローの世界)でも陰の役割を受け持つという、誠に不思議な立ち位置に存在している。まさに「ダークナイト(暗黒の騎士)」なのだ。

なお映画は後半、信じていた者の文字通りの〝二面性〟を描き出す。その姿は当時のアメリカを始め世界の中に蔓延する正義や正しさについての怪しさや危うさをも感じさせる、こうした複雑な関係性やメッセージ性がベースにある中で、派手なアクションや恋愛要素も絡めた本作がアカデミー賞の作品賞候補にすらならなかったのは誠に残念。

一方、ヒース・レジャーは、世界中の映画賞を総なめする絶賛を浴びたのだが、ご存じの通り彼がそのトロフィーを受け取ることはできなかった。こちらはもっと残念である。


〈余談ですが〉
ヒース・レジャーがこの映画の公開を待たずに突然人生に終止符を打ったのは衝撃的であった。不眠症の為、薬を過剰に摂取した結果の複合的要因の事故死とのことだが、不眠症の原因は本作のジョーカーという役に成り切ろうと自分を追い詰めた結果だという見方がある。本当のことは、本人にしかわからないが、その時に言われていたのが〝メソッド演技法についての功罪〟である。

メソッド演技法では、役作りのために自己の内面を掘り下げるため、役者自身に精神的な負担をかけ、そのため、アルコール中毒や薬物依存などのトラブルを抱えるケースも少なくない。マリリン・モンローやモンゴメリー・クリフトは役作りに専念しすぎるあまり、自身のトラウマを掘り出したがため、情緒不安定となり、以後の役者人生に深刻な影響を及ぼしたと指摘されている。

また、ヒースは役作りの途中で前ジョーカー役を演じたジャック・ニコルソンからこうアドバイスをもらっていたという。〝役の底を覗き込みすぎるな〟。私のような凡人にはなかなか理解しづらい言葉だが、役とは一定の距離感を保ち、行くところまでは行き着くなとでも言うことだろうか?

だが彼は、この一線を踏み越えて行き着くところまで行ってしまったということか?その後、ジョーカー役を演じて再び絶賛を浴びたホアキン・フェニックスとヒース・レジャーの差は何だったのか?

役者魂という言葉の重さと怖さを考えずにはいられない。


〈どうでもいい余談ですが〉
実は本作を見るのは劇場公開時を含めて3回目だが、今回観ようとしたきっかけはアカデミー賞主演男優賞を受賞したキリアン・マーフィを探すためだった😅

ところがいざ見始めると話の展開に吸い込まれ、ヒース・レジャーを始めクリスチャン・ベイル、アーロン・エッカート更にはゲイリー・オールドマンにマイケル・ケインやモーガン・フリーマンらの名演に目を奪われて気がつげば〝あれ?キリアン・マーフィは?〟😅

結局ネットで調べてからもう一度見て姿を確認出来ましたが、後のアカデミー賞主演男優賞の男も当時のこの顔触れの中では、陰の薄い脇役でしかなかった。でもこうした地味な役の積み重ねで、監督の信頼を得て後に花開くということが確認できて良かった😊