ぶんちょうだいすき

エンター・ザ・ボイドのぶんちょうだいすきのレビュー・感想・評価

エンター・ザ・ボイド(2009年製作の映画)
3.9
ネタバレ→



酔うという評判に恐れをなして劇場に見に行かなかったことを後悔。全角度高速で動くカメラもクラブで地下フロアに降りる前に感じる地響きのような音響もトリップ映像も、すべて美しく過剰にならないレベルで品良く行き届いている。特に街を縦横無尽にさまよう魂であるぐるぐるカメラは気持ちよくてずっと見ていたい。オープニングクレジットでさえ、溢れる視覚情報がゴテゴテを通り越してなぜか静かなものに収束されていくように感じる。デザイナーの実力。東京を描いた外国作品は誇張が過ぎていたりコメディに振り切れていたりするものが多い印象だが、これは歌舞伎町という街をわりとフラットに描いた部類なのではないかと思う。通りすがりの人の顔がよく判別できず街の匿名性が浮かび上がる。性行為用に特化した日本独自のシステム、ラブホテルの壁を突き抜け様々な性行為を見せていくのは面白い。ラストの方でアーティストの友達が作っていたブラックライトで光るジオラマと実際の街が同化していくところは感動した。汚れた嘘だらけの街。掃き溜めのような場所でもどんなタイプのろくでなしであっても当たり前だが生きていていいのだ。受けとめてくれる場所でもあるんだろう。悲しく安心する。淋しい物語に反してギャスパーノエの人情味というか実直さを感じてしまう。火葬場のシーンは短いながらも実際に働く人をキャスティングしたんじゃないかという動きのリアルさ。人は死んだら灰になるだけ、をシンプルな動作で短く伝えてくる。子どもの脳がどれくらいのダメージを受けるか分からないから親はセックス中は鍵を閉めろ。妹の行動(自己肯定が育たなかったために兄にまで性的な振る舞いをしたり人を選ばず寝てしまうところなど)分かりやすく愛情飢餓で悲しい。生まれた子どもが不幸になる未来しか見えないのがさすがギャスパーノエ。輪廻から解脱するのは並大抵ではないのだ。しかしVOID≒まっさらの純粋な状態、と無理矢理思えなくもない。コメディほぼなしシリアス路線の本作だったが(ラブホの局部の光以外)いくつか見てやはりギャスパーノエ作品は監督の人情味とあたたかさがしみだしてしまっているなと確信して、本作はなかでも好きな方に入った。