亘

ジプシーのときの亘のレビュー・感想・評価

ジプシーのとき(1989年製作の映画)
3.7
【戻れない時間】
ユーゴスラビアの田舎町。少年ベルハンは祖母や叔父、足の悪い妹ダニラ、ペットの七面鳥と共に暮らしていた。彼は少女アズラとの結婚を望んでいたがその親から反対されていた。ある日妹ダニラの足を治療の付き添いでベルハンはスロベニアへ向かう。しかしそこから彼の人生は狂う。

エミール・クストリツァ監督が旧ユーゴスラビアのジプシー(ロマ)の少年ベルハンの半生を描いた作品。力強く生きるロマの人々の生の楽しさや喜びを感じるとともにその哀愁や悲しみを強く感じる。また特に本筋に関係のないペットの七面鳥が印象的。本作にはほかにも鳥が多く出てくるが、もしかしたら定住地を持たない彼らを象徴しているのかもしれない。

[元の暮らし]
序盤はストーリーが進まず、ひたすらベルハンとその周辺住民たちの生活を描く。力強い女性たちといい加減な男たち、そしてそれに振り回される子供たち。特に叔父は賭けに負け続けて身ぐるみはがされる。貧しく暮らしていたある日イタリアで成功したという首領アハメドが妹ダニラの足をスロベニアで治療すると話し、そしてベルハンは祖母との約束「ダニラと共に戻る」を胸に町を出る。

[下っ端]
ダニラを治療するという話は嘘だった。さらに首領アハメドはビジネスで成功したわけではなく、ロマの人々に物乞いさせたお金で儲けていたのだ。そしてベルハンもまたその一員として"儲ける道具"となってしまう。無知ゆえに利用されてしまうのだ。しかしその後警察のがさ入れから組織はバラバラになりベルハンは組織でトップに上がる。

[成り上がり]
遂にここから物語が大きく動き始める。
組織のトップに立つとベルハンは羽振りが良くなる。そして彼が帰郷するとアズラが妊娠していることが明らかになる。アズラや祖母は、それがベルハンの子供だと主張するがベルハンをそれを信じない。アズラが別の男との間に作った子だとして産んだ子を売ろうとするのだ。金持ちになったが冷淡になったベルハンを祖母は糾弾する。それでも生まれた子を見ると彼は自分の子だと認識する。それでも彼はその息子と離れ離れとなり、さらにはアズラは亡くなってしまい彼は愛するものを失ってしまうのだった。

[復讐]
そこから彼はかつての良心を取り戻す。
かつての祖母との約束「ダニラと共に戻る」を果たすため彼は妹ダニラを探し出し、さらに自分の息子ベルハンJr.と出会う。そして自分をだました首領アハメドを殺しに向かう。成り上がって人の心を失った頃に比べれば本来の姿を取り戻した彼の姿は嬉しいけれども彼が電車で2人と別れるシーンは悲しいし、その後の復讐と最期は予測できてはいたもののやるせない気持ちになる。

[未来へ]
ベルハンの遺体が故郷へ戻り、葬式が執り行われる。結局「ダニラと共に戻る」という約束は守られたのかもしれないが、望まない形だったし何よりかつての純粋なベルハンであってほしかった。それでもここでベルハンJr.の姿に未来を感じることができる。父親の上に飾られた硬貨を取って段ボールかぶって逃げるのだ。この段ボールかぶる姿は父親ベルハンの姿に重なる。かつての喧騒のあるシーンでないけど、それでも人生が続くことを感じるラストだった。

印象に残ったシーン:ベルハンが子供とダニラを列車に残すシーン。
亘