亘

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイドの亘のレビュー・感想・評価

3.7
【理想の相手】
考古学者アルマは、AI研究のテストとして”理想の恋人”アンドロイドのトムと出会う。 彼女はあくまで試験のためとしてトムとの同棲を始める。初めはトムのことをロボット扱いしていたアルマだったが、次第にトムのことを気にかけるようになっていく。

AIロボットとの恋愛をテーマに描いた作品。同様のテーマで言えば『her/世界でひとつの彼女』があるけれども、本作の方が「理想の相手とは?」ということを主題に置いているような気がする。『her~』の方では主人公が完全にAIと恋に落ちて、恋した時のフワフワしたような状態を描いている。一方で本作の場合アルマは、恋愛ではなくお見合いして一緒に暮らし始めたような状態。だからこそ「理想の相手」について一歩引いた目線で俯瞰できているような気がする。

アルマはAI研究のテストでA Iロボットのトムと暮らすことになる。トムとの最初の接点は、とあるダンスホール。トムの方が紳士のように優しくアルマに話しかける一方で、アルマは突然暗算の問題を出したりする。ただその後トムにエラーが発生してしまう。この冒頭の出会いのシーンは、観客にちょっとした違和感を感じさせるうまい演出。後日改めてアルマはトムを改修に向かい、トムとの生活が始まる。

とは言えアルマはトムをロボット扱いしている。寝室は別々だし、他の人への紹介にも困っている。一方でトムは毎朝アルマよりも早く起きて(起動して)朝食を準備する。部屋の片付けもすぐに行うし、もし気に食わなければ元に戻す。アンドロイドだからこそ不満を持たずになんでもやりながら、アルマの好みを学ぼうとしている。”理想”ということでやりすぎなところはあって、「93%のドイツ人女性が望む」というバラ風呂のシーンはシュールで面白かった。
しかし研究室でのシーンから流れが変わる。アルマがトムを研究室へと連れて行ったところ、彼は楔形文字を見て瞬時に全世界の論文を検索し類似の研究が既に海外でされていることをアルマに伝える。これはトムからすればアルマのためを思っての行動だろう。しかし彼女にとっては年月をかけての成果が崩れ落ちる瞬間であった。ここから真面目でかっちりしていたアルマの枷が外れてしまう。

ここからアルマのトムに対する接し方が人に他する接し方のようになる。とはいえこれはアルマの空虚感を埋めるため。特にアルマがトムをベッドに誘うシーンはその象徴の1つだろう。空虚を埋めるためとはいえ、”恋愛”という点で言えば本作の本当のスタートはここからかもしれない。ただアルマの誘いはトムのプログラムでは許容できず、アルマはさらにもやもやをためていく。

さらにもう一つの重要なシーンは、初めてのセックスだろう。一度断られた彼女はついに念願をかなえるわけだけど、翌朝に彼女は虚しさを覚える。確かに彼女の欲は満たされたのかもしれないけど、アンドロイドに対する思いやりはできないのだ。アンドロイドならばどんなに不味いものも食べられるし、最悪食事しなくても問題ないし不満も覚えない。人間相手であれば、相手に配慮して相手が喜ぶ姿を見ることも嬉しくなるがアンドロイド相手の場合それもない。つまりトムとの関係では、通常の恋人との関係で得られる喜びは得られないのだろうか。
その後のトムがいなくなったシーンも印象的で、アルマが喪失感を覚える一方で同様にアンドロイドを伴侶にする高齢男性の幸せそうな姿も見る。結局のところ幸せをどう捉えるのかということなのかもしれない。

終盤のアルマがトムを探しにいくシーンは、アルマにとってそして本作にとっての一つの結論だったのかもしれない。アルマは「相手が自分に合わせてくれるだけでは理想の関係は結べない」とAIテストについて報告をする。これは理想の関係性には相互に思いやりが重要ということなのだろう。極端に言えば、アンドロイドのように”配慮しがいのない相手”だったら理想の恋愛ができないということなのかもしれない。一方でトムは、相手がいないと生きられないような関係が愛だと言う。これはある意味アルマの結論に対する反論かもしれない。確かに自分に合わせてくれるだけでは理想の関係性ではないのかもしれないが、もし相手が自分にとって不可欠だったらそれは愛なのだろう。

ラブストーリーの華やかさはないものの、一歩引いた目線で恋愛を考える良作だと思う。そして何よりもトムを演じるダン・スティーブンスの演技が素晴らしい作品だった。

印象に残ったシーン:バラ風呂にトムが入るシーン。アルマがトムを探しにいくシーン
亘