亘

雪の轍の亘のレビュー・感想・評価

雪の轍(2014年製作の映画)
4.3
【人は互いに寄り添えるのか】
トルコ・カッパドキア。ホテルを営むアイドゥンは、裕福で教養もあり悠々と暮らしていた。しかしとある家族の家賃滞納から彼と周囲との間の溝があらわになる。

雪深いトルコ山間部を舞台に人々の間の軋轢や相互理解を描いた作品。ポスターでは「愛と赦し」というキーワードが出るけれども、許してはいないし、相手への理解や反省の方が大きいと思う。3時間16分の長尺でさらに基本的には会話劇だけれども、その長さに値する深みと重みがある傑作といえると思う。

本作は4つのパートに分けられると思う。
[悪人と許し]
序盤の車への投石事件から"悪”への向き合い方について語り合う。
ある日アイドゥンと助手のヒダーエットの乗る車に石が投げられる。その犯人は家賃を滞納する家族の少年エリヤスだった。その後アイドゥンと妻ニハル、妹ネジラは「悪に抗わない」という言葉について話し合う。ニハルやネジラ曰く、悪人を厳しく罰するのではなくの良心に呼び掛けて後悔させられるのだ。しかしアイドゥンは悪人は更生しないとしてそれに反対する。そんな折にエリヤスが叔父でイスラム教指導者のハムディ導師が許しを請いに来る。アイドゥンはそんな彼らも信じていないのだ。

[他者の批評]
自らの正当性を主張するアイドゥンの傲慢さが徐々に強まる。
アイドゥンが寄稿している小さな地元紙のコラムを執筆しているとネジラが現れ2人は口論をする。アイドゥンは、謝罪に来たハムディ導師の態度が気に入らなかったことから「宗教家はかくあるべき」と論じ、自身の宗教論を語ろうとする。それに対しネジラは「浅い知識で偉そうに論じるな」と反発する。さらにはただの小さな地方紙で書いていて、自己満足ではないかと言われれば「人の精神的成長に貢献している」と自らの成果を語る。
ネジラの小言もチクチクとうるさいけどアイドゥンもまた一切謝らず自身の考えを強硬に押し続ける。自分が"教養人"だと気取っているのだ。

[偽善]
アイドゥンが自らの"偽善"に溺れている。
妻ニハルが中心となった行った学校建設の寄付プロジェクトの集会に何も知らないアイドゥンが現れる。彼は以前にこの話を聞いているはずなのにいつも聞き流していたせいで的外れな発言をするし集会から追い出される。さらには参加者を批判したり、良かれと思ってニハルに軽々しく寄付や助言を申し出たりとリスペクトに欠けた言動を繰り返す。
ここから続くニハルとの対決は本作の中でも最も熾烈。傲慢さと自分勝手さが"罪"だと指摘されてからも態度は全く変わらずニハルを見下している。確かにアイドゥンは立派な人物で高潔で寄付活動の進め方もうまいのかもしれないが、ニハルの涙にも動じずに寄り添わない。そしてついには「お前を自由にさせているだろう?」と施しをしているつもりなのだ。それに対するニハルの反論「自らの美点で人を辱め、人を窒息させる」「あなたは高潔ゆえに他人を嫌悪する」「地獄への道は善意からなる」は本作の中でも名言といえるかもしれない
アイドゥンは”正しさ”こそが正義と考えていて他人に寄り添えていないのだ。

[反省]
アイドゥンの改心が最後に垣間見える。
アイドゥンは冬の間イスタンブール行く予定だったが列車が運休となり友人のスアーヴィたちと飲み明かすことにする。そこには彼が批判していた教師レヴェントがいた。アイドゥンはそこでもレヴェントの些細な間違いをあげつらって批判する。しかし異なるのはその後に彼が嘔吐すること。これこそアイドゥンが自らの老いや弱さを認識した事件だろう。
そして翌朝帰宅するとニハルがさげすんだ目で待ち受け、アイドゥンは「すがれるのは君だけだ」と彼女に許しを請う。しかし同時に「自尊心が口にさせまい」と語るし実際はニハルに伝えてはないのだろう。結局アイドゥンは変わらず人に寄り添えていないのかもしれない。

さてアイドゥンが飲み明かしている間にニハルはハムディ導師たちの家に行く。これはアイドゥンのストーリーから外れるものの象徴的なシークエンスだろう。口だけのアイドゥンとは対照的に、実際に行動するニハルの強さや他者の窮状に寄り添う彼女の慈悲が現れている。しかしハムディ導師の兄イスマイルはニハルの慈悲を打ちのめしニハルは泣き崩れる。序盤の「悪に抗わない」にも通じるし、やはり人同士が寄り添いあうことは難しいのだろうかともう問うてる気がする。

総じて、閉鎖的な街の中で中盤の雪が降り始めるシーンから雪の激しさと共に人々の対立も際立つ緊張感のある作品だった。

印象に残ったシーン:ニハルとアイドゥンが夜に口論をするシーン。ニハルがさげすんだ目で愛ドンの帰宅を見るシーン。

印象に残ったセリフ:「自らの美点で人を辱め、人を窒息させる」「あなたは高潔ゆえに他人を嫌悪する」「一回でも身を何かに捧げて利益にならないことをやってみて」「地獄への道は善意からなる」
亘