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イロイロ ぬくもりの記憶のこなつのレビュー・感想・評価

イロイロ ぬくもりの記憶(2013年製作の映画)
4.0
シンガポールの作品を初めて鑑賞。カンヌ国際映画祭カメラ・ドール受賞作。監督はこれが長編デビューの新星アンソニー・チェン。シンガポール人としてカンヌで賞を受賞した最初で今のところ唯一の映画監督。彼自身の少年時代をモチーフに、タイトル「イロイロ」は彼の家のメイドの故郷だったフィリピンの街の名前から取った。

1997年アジア通貨危機の煽りを受けたシンガポール。不況の波が押し寄せるシンガポールを舞台に、共稼ぎの夫婦が我儘な1人息子の面倒をみてもらうため、フィリピン人のメイドを迎え入れたことで起きた一家の悲喜こもごもの人間模様を瑞々しく描いた感動ドラマ。

世界有数のメイド雇用国と言われているシンガポールは、5世帯に1世帯はメイドがいるらしい。外国人メイドに関する法律がしっかり整備されていて、メイドにかかる費用も安い上、共稼ぎ世帯が多い。

そんなシンガポールの事情もあり、中華系の中流家庭で一般的な高層アパートに住み、メイド専用の部屋もない少年ジャールーの家でもフィリピン人のメイドを雇うことになる。最初はなかなか心を開いてくれなかったジャールーは、我儘で学校でも問題児。それでもメイドのテレサの辛抱強い働きで少しずつ打ち解けていく。そんな2人の姿は、もうすぐ2人目の出産を控えた母親がヤキモチを焼くほどだった。

フィリピンに幼い子供を残し出稼ぎに来ていた28歳のテレサにとって、少ない給与では故郷で暮らす家族に十分なお金を送金出来ない。ジャールーの父親もリストラされたことを家族に言えず、母親は自己啓発セミナーの詐欺に騙され、それぞれが問題を抱えながら生活していた。夫婦が正直に今の状態を告白し向き合った時、これ以上メイドを雇う余裕がないことを悟る。それはジャールーにとってかけがいのない存在になっていたテレサとの辛い別れが待っているという事だった。

音楽もなく、過剰な演出もなく、非常にシンプルだけどリアリティに溢れている。派手な葬式や母親の誕生日に集まる親族の様子、全校生徒の前での鞭打ちの体罰など、シンガポール独特の慣習、シンガポールとフィリピンの宗教の違いなどが散りばめられていてとても興味深い。

劇中テレサがポータブルプレーヤーで聴いていた音楽は、フィリピンの有名なフォークトリオの曲。温かい風が吹くメロディ。

珠玉のヒューマンドラマだった。
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