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サーミの血のirのネタバレレビュー・内容・結末

サーミの血(2016年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

当たり前を疑うって、どれだけ難しいことだろうか。
小学校の時から、「先生」や「大人」という立場の人間を神のように考えていた節がある。大人は絶対、間違いないと思っていた。
だから高校に入って、「先生怒ってたけど、今絶対機嫌悪かっただけだよね」とか「理不尽な怒り方」とか言ってる友だちを見て、「そう思ってもいいんだ」「そういう可能性を考えてもいいんだ」と初めて思い、衝撃を受けた。
作品の中でエレマリャたちが、「スウェーデン人」に身体検査や裸で記録写真を撮られるシーンがある。唯一味方に見えていたクリスティーナ先生までも当たり前のような顔をしてそこにいた。みんなのお手本になって、と従うよう促してきた。
大人はずるいから、時々子どもを自分の考えに陥れようとする。子どもも、雰囲気にのまれてしまったり、違和感に自分で蓋をしてしまうこともある。
そういう風な雰囲気の中で、「何のため?」と抵抗したエレマリャの意志のある視線が印象的だった。

「サーミ人だから」馬鹿にされ、耳を斬られ、進学も許されず、花柄のワンピースだって着られない。妹に対する「汚いラップ人ね」という言葉は一体どういう気持ちで発したのだろうか?それはそのまま自身にも返ってくるものであり、ただ妹やその他のサーミ人を軽蔑する言葉としてだけは機能しない。彼女がサーミを自分から切り離そうとする度余計に、そのアイデンティティを強く意識させられてしまう矛盾に心が痛んだ。

そこに生まれたからその伝統を守る義務があるとは私は思わない。誰もが生き方を選べる社会であってほしいと、強く願う。
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