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希望の灯りのNMのレビュー・感想・評価

希望の灯り(2018年製作の映画)
4.3
よくあるほっこり恋愛系なのか、面白いのか、と不安を持ちつつ鑑賞。
その予想は完全に外れた。それならそうと言ってくれればもっと早く観たのに。
静かで、現実的で、じわじわと悲しくて、少し嬉しい、大人の映画。

ドイツ。
大型スーパーの在庫管理の仕事に就いたクリスティアン青年。イケアとかコストコみたいなイメージ。勤務初日、クリスティアンはタトゥーを隠すよう指導されている。従業員のみの完全倉庫内ではなく客がカートを持って直接買い回りに来ることもあるため。

まずこのクリスティアンがものすごく無口。返事もろくにしない。が別に態度が悪いわけではない。
独白さえもなく、気持ちを語ったり思い出を振り返ったりもしない。ただ膝を抱えて入浴しているシーンがあるくらい。何かを抱えているのかなあというヒントだけがうっすら感じられる。
良い人っぽいことは感じられるものの、結局何者なのか詳しいことはほとんど語られないまま。
これは全員そうで、作品内で詳しい人物描写は誰も描かれていない。どうもそうらしい、というだけ。観ている我々も彼らと一定の距離を置くことになる。

時々不安になる要素は挟まれるが、この映画には大声で怒鳴ったり交通事故が起きたり暴力を振るったりするようなシーンはないから安心して観られる。寝る前にぴったり。途中でひとつ大きな不幸は起きるがそれも非常に静かに進行する。

中年の責任者ブルーノが指導係。このブルーノも口数は少ない。二人とも余計なおしゃべりはしないし笑ってふざけあったりもしない。だがブルーノも優しいしクリスティアンも彼を信頼しているのが伝わってくる。だんだん親子っぽさすら感じてくる。
ブルーノの優しさはとても好み。相手を信頼しリラックスさせ仕事を覚えさせていく。しかし馴れ馴れしくはなくて心地よい。

他の人も、最初こそ距離があるがすぐに仲間となっていく。余計な付き合いはなさそうなのに関係は良好といった印象。一部の部署とは仲が悪いといったことはあるようだが。みんななんとなくお互いに似た何かを感じシンパシーを持つのではないだろうか。
みんなそれぞれうまくサボっているようだし、すきま時間に話したりや上がった後ときどき酒を交わしたりして仲良くなっていくのだろう。ブルーノはマリオンの家庭の事情まで知っていた。

クリスティアンはマリオンという女性に恋をするが、実は既婚者。しかも旦那はろくでもないらしい。
仲良くなりたいし、助けてあげたい。しかしそこまで干渉するのも気が引ける。

クリスティアンは真面目だが、廃棄食品をつまみ食いしないよう指導されていたのにやけくそのように貪るシーンは印象的。それは別に彼に限ったことではないようだ。
彼には目の前の食べ物しか見えていないが、我々には大人が二人背中を丸めてゴミ箱から無心に何かを食らっているのが見えている。その視野の差が効果的。どういう状態にせよ自分がいまどういう状況にあるか客観的に見るのは難しいし、時には見ない方が良いこともある。

むかし過ちを犯しその後ろめたさから日の下を歩きづらくなった者、働き盛りを終えつつあり人生に落胆している者、普段は明るく振る舞っているが重い孤独と自己否定の気持ちを持つ者など、いろいろな人たちが集まっている。

給料は高くないし将来の安定もないが、だからといって自分で終わらせて良いのだろうか。詳しい事情は知らないから勝手なことは言えないが、少なくとも彼を慕う人は大勢いた。その幸せに気付くことができていたら。平凡な生活でも生きてさえいれば思わぬ幸せを得られるかもしれない。人生の暗部を見つめてしまうとその先には絶望しかない。それは優しい人でも経験豊富な人でも陥る可能性のある罠。

結果として、とにかく仕事がしたくなった。華やかな生活だけに価値があるわけじゃないと思った。立派な経歴がなくても、素敵な家族に恵まれていなくても、いまは友人がいなくても、安月給でも、それが人間の価値じゃない。

余談だがクリスティアンやマリオンは意外と素敵な自宅に住んでいて気になった。がここではこんな感じは普通ということだろう。全員が必ずボロアパートに住んでいるわけではない。そんないかにもな演出をしないところに好感。そうではなく間接的に空気感で人々の乾きを描いている。
廃棄食品は食べるものの別に食べるのに困っているということではない。
時にはこだわりを捨て現状に満足しないと生きていけない。輝いていた時期を忘れられずにいるとやがてその思い出に飲み込まれることも。
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