亘

存在のない子供たちの亘のレビュー・感想・評価

存在のない子供たち(2018年製作の映画)
4.3
【確かに存在する世界】
レバノンの首都ベイルート。少年ゼインは自分の両親を「自分を生んだ罪」で訴える。全国の注目を集める裁判。そこで"存在しない"ゼインの境遇が明かされる。

「ぼくを産んだ罪」で両親を訴えた少年ゼインが、裁判に至るまでを描いた作品。フィクションとはいえど、ゼインの直面する困難や貧民街の実情はショッキング。そしてただゼインたちが貧しいだけでなく、貧富の格差があるのだ。本作では遊園地が"富"の象徴だろう。遊園地で豊かな人々は遊ぶ一方でゼインは貧民街でぎりぎりの生活を送る。そんな理不尽な差も見せつけられる。ベイルートといえば日産自動車の元社長カルロス・ゴーンの滞在する邸宅のある場所。この町では肩や大邸宅に住む富裕層がいる一方で貧困にあえぐ”存在のない者たち”がいるのだ。

[裁判]
冒頭、裁判所の様子が描かれる。そこではゼインが両親を訴える裁判が行われていた。もちろんこれだけでも訴えるに至った経緯は気になるが、同時に彼が人を刺したことが分かる。この人を刺した事件もの経緯もまた謎になるのだ。

[苦しい生活]
ゼインはベイルートの貧困街で生まれ、11~12歳にして学校にも行かず、家の手伝いやジュース売りをしていた。一家は家賃を払うのにも苦労し、近所の商店主アサドの言いなり。そして妹サハルが初潮を迎えると、アサドはサハルを妻として引き取る。さらに抵抗もしない両親に怒ったゼインは家を飛び出る。
ゼインの境遇が明かされるパート。幼いうちから働かされたり薬物製造を手伝ったりする彼の姿にも悲しくなるがここで衝撃なのは、妹サハルの結婚。ゼインとのやり取りで初潮が来たことは描かれるものの、それだけで”結婚適齢期”とされてアサドの元に連れていかれる。さらには両親はそれを"交渉カード"のように喜んでいる状態。この一家はこの地域から逃げられないのだ。

[束の間の安らぎ]
ゼインはあてもなくバスに乗り、遊園地にたどり着く。しかしここでは仕事はない。そこで出会ったのがエチオピア人女性のラヘルとその息子ヨナス。2人もまた身分証のない"存在のない"者たちだった。そして貧民街で暮らし、身分証偽造業者アスプロに脅されながら暮らしている。ゼインはヨナスの子守をしながらラヘルと暮らし始める。
ゼインが新たな暮らしを始めるパート。ここのパートは本作の中でも比較的穏やかなパートだと思う。もちろんラヘルの苦労は見えるけど、ヨナスの喜ぶ姿もあって優しさのある家庭に見える。とはいえ先にも書いたように、ここで出てくる遊園地は富の象徴。その華やかさの陰で不法移民のラヘルが隠れて生きているのはまさに格差を象徴しているだろう。さらにはラヘルが毎朝ほくろをつけている理由が分かるとその姿が切なく見える。

[存在のない仲間たち]
ある日ラヘルが帰らなくなり、ゼインはヨナスと2人で暮らさざるを得なくなる。ここからゼインは生き延びるために物を売り始め、まさにその日暮らしを始める。そんな時に難民の少女メイサンと出会いヨーロッパに渡る希望を持ちはじめる。
本作の中でも特に過酷なパート。子供2人でのサバイバルが始まる。ゼインはヨナスをいつでも連れながら歩き、時には大人に口汚く反抗しながら物を売り続ける。さらにはそこから存在がない少女メイサンも出てくる。彼女はサバイバルにたけているようだけれども、このような少女がいること自体が驚きであり不合理でもある。またゼインがヨナスを捨てようとするシーンは本作の中でも切ないシーンの1つ。どうにかヨナスを捨てようとしてもヨナスの事が気になって連れ戻す。見ている側もヨナスの運命に気が気でないし、ゼインの決断も仕方ないといえば仕方なかったのだろう。さらにはその後のシーンで涙ながらにヨナスをアスプロに引き渡す。もちろん彼はアスプロが悪人だとは知らないのだろうが、観客からすれば悲しいしやるせないし歯がゆいシーンだった。

[希望の破壊と新たな希望]
彼がアスプロにスウェーデン渡航を依頼すると身分証明書が必要だと言われ、実家へと戻る。しかしそこで明かされたのは、彼には出生証明がなく存在がないということだった。さらにそこでサハルの悲劇を知り、冒頭の裁判につながる傷害事件が発生するのだ。そして入った少年院で彼はTVから外の世界を知り遂に訴えを起こすに至る。
終盤最も目まぐるしく状況が変わるパート。彼はスウェーデン渡航という希望を持っていたが実家でその夢は破壊される。しかしその後の少年院では初めてTVを通して貧民街以外の「外の世界とつながru
こと」を知るのだった。そして彼は貧民街コミュニティーの外に出る。ラストシーンでは証明写真で"存在証明"への一歩を踏み出す様子は、まさに新たな希望の誕生だろう。

印象に残ったシーン:ゼインがバスに乗るシーン。ゼインがヨナスを連れて物売りをするシーン。ゼインがヨナスを捨てようとするシーン。
亘