幽斎

アフター・ヤンの幽斎のレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
4.4
2023年3月28日、音楽に多くの足跡を残した坂本龍一氏が、東京都内の病院で死去、71歳没。彼が京都に来た時は何度もライヴに出掛けたが、中咽頭癌は自覚症状が無いので、ステージ4の段階で死を覚悟したと思う。私のフェイバリットは「シェルタリング・スカイ」、本作が洋画を手掛けた遺作と為った。謹んで御冥福をお祈りしたい。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

モダニズム建築で有名なインディアナ州コロンバスを描いた「コロンバス」長編デビューで世界中から注目されたKogonada監督がAIロボットが家庭に普及した近未来を舞台に綴る、ヒューマンテック・スリラー。監督は日本を代表するレジェンド小津安二郎監督を論文テーマにする程、小津マニアを公言。前作「コロンバス」小津の手法を真似た「静謐」拘り抜かれた構図の映像美が素晴らしい(レビューしてないけど観たんかい(笑)。

Michelle Monaghan主演「かけがえのない人」、Benjamin Walker主演「きみがくれた物語」ミニマムな人間模様が交錯する物語が得意なプロデューサーTheresa Parkが、SF 小説界で著名なアメリカの作家Alexander Weinstein、ニューヨーク・タイムズ紙が絶賛した短編小説集「Children of the New World」2016年所収の「Saying Goodbye to Yangd」が原案。原作はアマゾンKindle版を鑑賞後に読了。

監督は原作を読んだ時から坂本龍一とのコラボレーションが必須だと交渉。本作の特徴は映画製作のプライオリティが音楽からスタートした事。坂本龍一のオリジナルテーマ「Memory Bank」、岩井俊二「リリィ・シュシュのすべて」挿入歌の新バージョンをフィーチャー。O.S.T.はロサンゼルスを拠点とする日本人アーティストAska Matsumiyaを抜擢。小津のスタイル「静謐」音からアプローチした斬新な手法を支援したのが、皆大好き「A24」。実験映画ならバッチ来い!(WBC日本優勝おめでとう!)A24らしいセンス・オブ・ワンダーに溢れてる。

小津テイスト礼讚なのでピカピカな近未来SFでは無く、世界観もミニマリスト。人間の機微に溢れた心象を綴る「静謐」作品に仕上げた。「アイ・ロボット」の様にAIが人間は害を為すと抹殺する事はしない。私の裏ベストムービー「ブレードランナー」への畏怖も随所に感じる。Amazon Alexa、Google Homeが事実上失敗した様に、実生活でAIと人間との共存は難しい。本作もスマートスピーカーに手足が生えた程度に留めるが、ChatGPTの様に画面だけなら有効活用される。お陰で物凄く仕事が捗ります(笑)。

アンドロイドの記憶から過去を辿るのは「ブレードランナー」レプリカント、Sean Youngを追うHarrison Fordを彷彿とさせるが、新たな視点と言えば大袈裟かもしれないが、私は「SF映画には未来は無い派」だが、チョッと考えさせられるセグメントに劇場で「そう来たか」静かに心腹。オープニングのダンスは、小津安二郎「初夏」「黄金の腕を持つキッド」インスパイア、4人の息の合ったシーンの意味は「シンクロ」、家族が一つに同期するグループホーム的な解釈。アメリカ的なFamily mysticism、神秘主義を静かに回避。ヤンのダンスが止まらない事で、家族のルーティンから外れた事を分かり易く可視化。

日本人は幼い頃から人工物のアニメを見てる影響で、AIに対して「恐れ」抱かない。車の自動運転もすんなり信用する、ChatGPTの創立者が海外で最初に日本を訪れ、岸田首相と面会した通り、アメリカよりAIにはシンパシーすら感じる。「ブレードランナー」Philip K. Dickの小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」同じ様に「アンドロイドは家族の一員に成り得るか?」本作は問う。秀逸なのはアンドロイドだけでなく「クローン」も登場。家族構成に「養女」を混ぜるのは原作と同じだが、「血の繋がり」二次テーマも付託。複雑なコンセプトをシンプルに見せる、監督の手腕はもっと評価されて良い。

養子もアンドロイドも血の繋がりは無い、クローンはDNAレベルで血統は同じ。偽物と本物の議論は「ブレードランナー」と同じく「デッカード=レプリカント説」後に議論に為るが、家族神秘主義は否定するが、血縁主義は色濃く反映され、人間、アンドロイド、クローンの三身が異なる存在感で、家族の在り方を見直す運命共同体を形成。「ブレードランナー」最終的には人では無く「記憶」本物か否かを問うのと同じく、本作もメモリー・バンクが役割を担う。記憶とは時々の「想い出」。TikTokも中国由来で認めたくないが(笑)、短尺動画が今のトレンドなのは、本作のプロットにも反映された。

監督が韓国とアメリカの異なるアイデンティティを持つ事が、テーマにも反映されアンドロイドをアジア人として認めるか?。生体として三者三様を表す上、人種問題までクローズアップ。ヤンをアジア系と認めるか。白人と黒人の夫婦の養子もアジア系なのか。何を以って「○○系」断定するか、ミニマムでも極めて思慮深いメタファーも見え隠れする。人は動かなく為って「死」同義に感じる。死が終わりの人間に対し、人工物の「死」は再生への始まり。アジア人のマイノリティまで見事に融合させた。

最後に「妹」が「兄」にメッセージを伝えたが、鑑賞した劇場では字幕は出なかった。見逃したかな?と思い、広東語に詳しい友人に訳して貰った。「謝謝你是世界上最好的兄弟」「我想你」。世界一のお兄ちゃんで居てくれてありがとう、でも居なくなって寂しい。ヤンが人間の「良い面」のみで造られた事が分かる。それも彼の成長の跡なのだろうか?。

「毛虫が終わりと呼ぶものは蝶にとって始まり」人との繋がりが薄い現代の警鐘を説く。
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