幽斎

水を抱く女の幽斎のレビュー・感想・評価

水を抱く女(2020年製作の映画)
4.4
ベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した代表作「東ベルリンから来た女」や「未来を乗り換えた男」ドイツの過去と未来を切り取り、国際的に社会派として知られるChristian Petzold監督最新作。ベルリン映画祭国際批評家連盟賞受賞。アップリンク京都で鑑賞。

モチーフと成ったウンディーネ(ドイツ語Undine)、 スイスの錬金術師パラケルススが説く4大精霊の中で、水を司る精霊elementals。湖や泉などに住み、性別は無いが美しい女性の姿をしてる。ウンディーネは生まれた時は魂は無いが、人間の男性と結ばれると魂が宿る。その代わり3つの禁忌が付き纏う。①水の側で夫に罵倒されると水に帰ってしまう。②男が不倫した時は殺さねば為らない。③水に還ったウンディーネは魂を失う。映画では「愛する男に裏切られた時、男を殺して水に還る」と言う解釈で、現代のベルリンに幻想的に蘇らせた。日本では「オンディーヌ」とも表記される。本作の高評価を受けて、「地の精」と「風の精」の製作も決定。

ウンディーネの歴史は古く、古代ギリシャ神話がモチーフ。他にも「ノーム」「サラマンダー」「シルフ」は有名。プレイステーションのゲームにも登場、ディズニーは嫌いだけど「アナと雪の女王2」にも出たらしい。「水の精」は様々なクリエーターにインスピレーションを与え、代表的なHans Christian Andersen「人魚姫」。しかし「リトル・マーメイド」は正反対のハッピーエンドに。だからディズニーは・・・以下省略(笑)。Peter Ilyich TchaikovskyやClaude Debussyも、神話をモチーフに作曲を手掛けた。三島由紀夫の自伝的小説「仮面の告白」にも登場。因みに2009年Colin Farrell主演「オンディーヌ 海辺の恋人」で映画化済。分り易く、スリラー要素も含めお薦め。

Tchaikovskyがオペラで創造した様に、ウンディーネには、人間が本来持つ「普遍的な思想」が時代を超えて我々にも響く。本作は現代的にアレンジしたが、上記の3つのルールを全て盛り込み、これまでの不倫をテーマにした作品ではなく、3つの要素を重ねて、人間は人に惹かれるから「魂」を得て人と成り得る。だからこそ離れてしまうと人では居られなくなる。ドイツらしい解釈だが、シンプルに考えると人間が他人と繋がる事への喜び、対する離れて行く恐れを描いてる。私がこうしてレビューを書いてるのも、共感してくれる人と繋がりたいから。ギリシャ神話と現代、何も変わってない。

秀逸なのはウンディーネの時代性。「オンディーヌ 海辺の恋人」ヒロイン役Alicja Bachledaは、これまでのウンディーネを踏襲する、艶めかしく世間知らずなキャラクター。本作のPaula Beerは「婚約者の友人」ヴェネツィア映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞。前作「未来を乗り換えた男」ハリウッドで絶賛。本作でベルリン映画祭銀熊賞(主演女優賞)、ドイツに久し振りに登場した、待望の国際派スター、まだ26歳。余談だが今年からベルリン映画祭では女優賞と男優賞を廃止。新たに主演俳優賞と助演俳優賞を新設するとブレスリリース。ノンバイナリーを容認する新たな時代の幕が開く。

話を戻すと、本作のウンディーネは博物館でベルリンの歴史を解説する。精霊も仕事をする知識人と言う設定が、如何にも現代らしいが、人でない者が人の歴史に詳しいと言うのは、多くの示唆に富んでいる。其処から透けて見えるのは、彼女の「人生」の背景。彼女がなぜベルリンに居るのか?とても重要なアプローチだが、特に説明はされない。彼女が何時から居るのかも分らないが、何世代モノ人達を見て来たとすれば、WW2の様に戦争や紛争の度に街並みが変わる歴史も、見たかもしれない。ベルリンは日本の江戸と同じく元は沼地。彼女が此処に留まる理由は、コレかもしれない。

劇場で観た時は感じなかったが、配信で再見した時に、3つのルールには隠された意味が込められてる事に気付いた。「普遍的な愛」と言う存在自体が貴重なモノであり、愛で繋がる事に対する難しさを問うてる様に思う。その証拠に主人公は2人の男性と出逢うが「なぜ好きなのか?」具体的な言及は無かった。最初は人ではなく精霊だからと安易に解釈したが、そうでは無く3つのルールの本質を絞る、フォーカスを明確にする為と思えば納得できた。なぜ他人に惹かれるのか?真剣に観て欲しい。

そう考えると最後がスリラー的な展開で幕を閉じるのも、ある意味当然と言える。物語の根幹に有るのは、人が人に惹かれる事の「美しさ」とか「儚さ」の様なセンチメンタリティーを矮小化するのではなく、一方で「愛しか見えない」と言った盲目的な感情にも否定的なスタンスを取る。水の精らしく、随所に「水」をインサート、複雑な人間模様を、寓話的なタッチで緩和する作用も見て取れる。ギリシャ神話を現代に蘇らせた、極めて考察し甲斐の有る作品。結末を見て百人百様の解釈が存在する。

ヒントを授けると「好き」には、2通りの解釈が存在する、と私は思う。1つ目は「恋」、2つ目は「愛」。特に女性の方に問いたいが、この違いを真剣に考えた事が有るだろうか?。私が何時も言う様に、言葉が違うと言う事は、意味も違うと言う事。「恋」と言うのは一方通行な恋愛感情で、交際の深度とかセックスの有無とかは関係ない。対する「愛」は相互に、お互いを慈しむ感情を意味する。恋との決定的な違いは、その先に有る「責任」だと思う。この点を男性は極めて安易に考えがちで有る。もし、責任が「結婚」だと頭に浮かんだ男性は、もう一度始めから見直す必要がある。貴方も監督に試されてる。

悲劇のヒロインとは一線を画すアフェクション・スリラー。愛する事の難しさを共に噛みしめたい。
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