たく

夫婦百景のたくのレビュー・感想・評価

夫婦百景(1958年製作の映画)
3.6
戦後日本で生活する様々な夫婦の形を群像劇として描く1958年公開のコメディ。高度経済成長期の活気が画面に溢れてて、現在の貧困化した日本においてこの時代の映画を観ると、かつて日本にも未来に希望が持てる時代があったんだとつくづく感傷的な気持ちになる。本作は獅子文六の同名小説の映画化で、彼の小説の映画化といえば「青春怪談」(1955年)を観てた。月丘夢路のコメディエンヌの才能が全開してて、大坂志郎と息がぴったり合った演技が楽しい。月丘夢路は本作公開の前年に監督の井上梅次と結婚したんだね。フランキー堺が本人役として過去の偉人の言葉を引用しつつ、狂言回しを演じるところに飄々とした味があった。

午前8時を迎えた日本の朝、各家庭からいっせいに仕事に向かう人々を描く冒頭に、今は望むべくもない「一億総中流社会」の言葉がよぎる。各家庭でそれぞれタイプの違う夫婦を紹介していく中で、一人だけ外出が遅れる女性雑誌編集長のみはると、売れない童話作家の蒼馬の夫婦のせわしないやりとりが描かれ、当時の一般的な家庭観から見て男女が逆転したこの夫婦が近しい人々に巻き込まれていくドタバタ展開になる。みはるが典型的なワーキングウーマンで、雑誌社での敏腕ぶりが月岡夢二の端正な美貌にハマってて思わず見とれた。

学生の身分で結婚したノリ子と達夫が蒼馬の家の空き部屋に押しかけ、いっぽうみはるの従妹で年甲斐もない恋路から家出した松江に自宅の空き部屋を世話しようとしたみはるが一足先に移り住んできたノリ子たちとバッティングし、意地を張ってみはるも家出するという身内の騒動が密接に絡まっていく。松江が借りてた安宿を入れ違いでノリ子たちが借りることになるシーンから、時系列を戻して顛末を描くあたりの話の交通整理が上手いと思った。紆余曲折の末に結局は元の鞘に収まるはるみと葵馬の二人と、親子ほど年の離れた若い明と共に新しい人生を歩もうとする松江が対比されて、冒頭の出勤シーンに戻ってくる円環構造が晴れやかな幕切れだった。
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