亘

アナザーラウンドの亘のレビュー・感想・評価

アナザーラウンド(2020年製作の映画)
3.8
【飲むか飲まれるか】
高校の歴史教師マーティンは、仕事でも家庭でもうまく行かない毎日を過ごしていた。ある日同僚のニコライから適度な血中アルコール濃度を保つことを提案される。それから彼の人生は変わり始める。

アルコールとの向き合い方を描いた作品。作中の「この国は飲んだくればかり」というセリフにもあるが、デンマーク含め北欧諸国は長く厳しくて暗い冬が原因でアルコールの問題を抱えている。だからこそ政府がアルコール販売に規制を加えている一方でデンマークでは16歳以上であれば酒類を購入できる状況もある。本作はデンマークの抱える社会問題に向き合った作品ともいえるかもしれない。

また同じトマス・ヴィンターベアの『偽りなき者』や『光のほうへ』を見ていると、堕落の描き方は物足りないかもしれない。とはいえ本作は酒を完全な悪者にするのではなく、作中のセリフ「失敗した後、自分の不完全さを認めること」のように失敗しても再起できることや酒と正しく付き合うことを主眼に置いてるからこそなのだろう。

高校教師マーティンは仕事でも家庭でもうまく行かなかった。歴史の授業ではうまく話せず、ついには保護者が学校に来て授業の改善を求める始末。一方家では妻アニカと没交渉で離婚もちらついている。行き詰っていたある日職場の仲良しグループでとあるノルウェー人哲学者の説が話題になる。血中アルコール濃度0.05%を常に保つことでパフォーマンスが向上するというのだ。

真面目なマーティンは当初乗り気ではなかったが、仲良しグループ4人で"論文を書く"と決めてから本格的にお酒を飲み始める。すると饒舌になって授業は好評、家庭でも久しぶりの旅行で妻との関係を改善する。さらなる効果を得ようとアルコール濃度を高めていくと次第に負の側面が出始める。

調子に乗ると、上り調子だったものが崩れてしまうというのは定番ではある。だからこそその描き方が重要だと思う。本作ではマーティンの面白い授業とマーティンたち4人組のおじさんがまるで大学生かのように楽しげにしているのが見もの。酒類提供を自粛されている今だからこそはしゃぐマーティンたちがうらやましくもあり、お酒を飲みたくなる。調子が崩れるのもその延長線上で、次第に羽目を外し始めて少しずつ狂っていく。特にマーティンの息子のセリフ「最近、いつも酔ってるね」は静かに、けれども確かに問題の表面化を示した恐ろしいセリフだった。

けれども終盤はまさに本作のテーマを凝縮した展開。酒の力を借りた壁の突破とバカ騒ぎの一方で葬式の参列。まさに酒のもたらす善悪の対比。さらにセバスチャンが話すセリフ「失敗した後、自分の不完全さを認めること」は酒で失敗した人へ送るエールだろう。
ラストのマーティンのキレキレダンスは、酒を正しく使った時の楽しさを体現しているようだった。酒は飲まれるものではなく飲むものなのだ。

印象に残ったセリフ:「失敗した後、自分の不完全さを認めること」
印象に残ったシーン:酒を飲んだマーティンが授業をするシーン。マーティンがダンスをするシーン。
亘