幽斎

ラブ・エクスペリメントの幽斎のレビュー・感想・評価

ラブ・エクスペリメント(2018年製作の映画)
4.2
未体験ゾーンの映画たち2021、レビュー済「ファブリック」「アーカイヴ」「デンマークの息子」「バッド・ヘアー」「フロッグ」よく見てるな(笑)。ヒューマントラストシネマ渋谷から遅れる事2ヵ月。映画を見る為の遠征は控えたいので、京都住まいには助かる。シネリーブル梅田で鑑賞、女性の方にはオリジナルの牛乳を混ぜたミックスジュース(banana)がお薦め。

「監禁モノ」スリラーの定番ですが、小説よりも映画の方が活況を呈してるのは、ヴィジュアル故だろう。邦画の代表作1969年江戸川乱歩「盲獣」。犯人側の異常な心理、監禁される人間関係が織りなす妖しいテーマは時代を超えて不変。ハリウッドなら1965年「コレクター」オスカーにノミニーされた傑作、孤独な男の女に対する倒錯した愛情が秀逸。スリラー小説ではストックホルム症候群とリンクする作品も目立つ。本作は私の好きなイギリス映画、一筋縄では終わらない。推理小説発祥の国らしく「イヤミス」で終える。

Edward A. Palmer監督、製作、撮影、編集と正にセルフメイド。2018年製作「Hippopotamus」同じタイトルで2015年に77分の長編を発表。クラウドファンディング製作だが、フィニッシュに納得せず資金を集めて、本作を自らリメイク。因みに同じタイトルで複数の別作品が存在するので、ご注意を。このタイトルはイギリス人らしいシャレオツ。Hippopotamus、一般的には「河馬」カバちゃん、もう1つ「海馬」顕在性記憶、脳の一時記憶の場所と言う意味も有る。河馬と海馬、日本語でも混乱するが、英語も同様で重要なシーンで登場する。

Ingvild Deila、ノルウェー出身34歳。イギリスの大学を卒業後そのまま女優の道へ。彼女は「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」レイア姫、ゴースト女優としてメジャーデビュー。Carrie Fisherのアーカイブ映像とVFXを駆使して、レイア姫を再現、首から下は彼女が演じた。端役で「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」も。共演Stuart Mortimer、イケメンでイケボ。長身の彼の存在感が画面を引き締める。メインでは初出演に成るが、正統派イギリス人らしい風貌は、要チェック。2人とも2015年版にも出演。

TMFF:The Monthly Film Festivalで最高長編映画賞。「ブレードランナー2049」アカデミー撮影賞受賞、世界最高峰の撮影監督Roger Deakinsが、雑誌のインタビューで「謎が魅惑的な作品」と珍しく褒めた。イギリスの辛口映画紹介番組で「息を呑む展開」と評した様に、冒頭から観客の思惑を覆す展開が用意され、スリラーで定番のプロットをサーヴするが、料理の仕方が他の作品と大きく異なり、ミステリーの母国らしい展開は実に面白い。ジャケットから想像するエロい監禁映画と思った人は、確実に面喰うだろう。ソッチ方面は肩透かしだが、違うベクトルから攻めるレトリックと、折り重なるプレイブックも秀逸。

「真っ白な地下室に閉じ込められた」で始まるソリッド・シュチュエーション・スリラーと言えば、私の生涯1位作品「SAW」超低予算映画ですが、予算なら本作も負けてない。2015年版の製作費は約76000円、桁は間違えてません(笑)。監督が大学在学中に製作した本作も760000円、驚きのコスパ。因みに「SAW」は約1億3000万円。既に本作をご覧の方も、この金額を見たら評価が上がるかも。しっかりエンドロールで大学の名前も。映画製作を学ぶ学生が手掛けた作品だが、脚本が良ければ大きなプロジェクトに実り、我が国で劇場公開されるまでに至る。

【ネタバレ】考察を要するほど難しくないけど、鑑賞後にご覧下さい【見ちゃダメ】

「メメント」記憶逆行型スリラーとは異なるセンテンスは、1993年「恋はデジャ・ブ」ダークサイド編とも言える。監禁モノ特有の排他的倒錯感は無いが、文字通り「海馬」をプロットに据えた「記憶のリンク」が、スリラー好きの脳も刺激してくれる。本作は一見すると結末を丸投げしてる「様に」見える。しかし、観る人が見ればきちんと伏線は用意されてる。嘘だと思うなら、続きをどうぞ(笑)。

原題は英語表記でも意図的に誤認させるタイトル。これの意味するものは何か?真剣に考えました?(笑)。それは言葉遊び、と言う事に成ります。次にヒロインに「本」が手渡されます。此処で分った人は褒めて上げます、ヒントは本作はイギリス映画です。

イギリスは古くから自分達の「英語」を文字って遊ぶジョーク精神が有る。最も有名なのは詩人Lewis Carroll。代表作「不思議の国のアリス」でもportmanteau word、合成語を用いた様に、彼は数学者の顔も持つ。トム・オールクロフトが「ルイス・キャロルから始めるが良い」と丁寧に解説。言葉遊びが謎を解くカギとすれば、ラストの解釈は邦題で盛大にネタバレ、とは限らない。映画をハッピーエンド、バットエンドに無理矢理分ける方も居るが、そんな方は概ねスリラー小説は読まれてない。

地下室と水中の夢、此処から推測すると、舞台は孤島で有る事が早い段階で判る。そして2人以外は居ないと為れば、自ずと答えは「迷宮」に成る、Lewis Carrollを読んだ方は意味が解ると思う。と成れば先程も申した通りハッピーもバッドも関係ない。キーワードは劇中で触れた「逆行性健忘症」頭に衝撃を受けた場合、或いは心的外傷ストレス、又はその両方が起因とされ、脳科学の世界では「エピソード記憶」海馬のシノブスの変化が原因、此処でタイトルとリンク。レイプシーンにも重要なヒントが隠されてる。

結末に唖然とする方も居るだろうが、ヒントを授けると「長い睡眠時間」もう、お解りですね?。大量に出てくるマッチの真の意味=繰り返されるエクスペリメントなど、それまでの伏線を深読みすれば、全ては「終わりなき迷宮」脳内の出来事と言う結論が導き出せる。観客が考えるべきは「誰の海馬なのか?」此処まで言わないと駄目かなぁ~(笑)。

貴方の「海馬」を刺激するスロウバーン・スリラーの傑作。信頼が無ければ愛は生まれない。
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