ピースオブケイク

ワース 命の値段のピースオブケイクのレビュー・感想・評価

ワース 命の値段(2019年製作の映画)
3.7
真珠湾の死者は2,400人、しかし軍事施設を狙った明白な攻撃で犠牲者も主に軍人だった。これは新しい世紀の新しい戦争だ。発生直後のニュースキャスターの言葉。2001年9月11日、私は当時、中国の蘇州に出張中で、仕事から帰り疲れた身体をホテルのベッドに投げ出しつつ、あの衝撃的な映像をテレビで見て愕然としたのを覚えている。

悪いのはアルカイーダなんだけど、7,000人もの被害者遺族がもし、航空会社や空港、警備会社、世界貿易センターなど、避難対象となり得る組織への提訴を次々に発生させる事態になっちゃうとアメリカ社会が麻痺してしまう、それこそがアルカイーダの真の狙いだということで、アメリカ政府は被害者遺族を救済するための補償基金プログラムを立ち上げ、提訴権放棄を条件に補償金の支給を約束する。そこで白羽の矢がたったのが、枯葉剤やアスベストの訴訟事件などで定評のあったケン。ケンも悩み、経営パートナーのカミールとも相談するが、この大役を無償で引き受けることに。きっと、自分たちの得意技で、このアメリカの窮地を救いたい、という正義感があったんだと思う。

でも人の命の値段は平等ではなく、年齢、属性、立場などにより違う。それをどう計算するのか。ケンたちは、これまでの実績のある経験をベースに独自の計算式で補償額を提案するが…、「私の美しい息子は生きたまま焼かれたの。遺体どころか爪一枚残っていない。この苦しみをどう計算するの?」 被害者遺族たちは命を金額に置き換える計算式の存在そのものに大反発。悪いのはアルカイーダなんだけど…、突如現れた政府の回し者ケンたちが恰好のスケープコードになってしまう。7,000人の被害者のその何倍もの物語(言い分)があり、それを一つづつ聞くなんて出来ない。彼らが仮に訴訟を起こしたとしても、物凄く時間がかかるし、勝っても負けてもお互いに傷つく。ならばサインして、補償金を受け取った方が得。合理性、効率性を重視するケンは、いつか賛同して貰えると信じ、自身の信念を曲げない。結果、目標としていた2003年12月22日までの8割の同意に対し、残り4ヶ月で15%。この映画ではそれでもケンはまだできると信じている。ホンマかなぁ…。多分、本当はもっと前から間違いに気付いてたんだけど、それを認めたくなくって、誰かに背中を押してもらいたかったんじゃないかと思う。これまで敵対していたウルフとの会話でキッカケをもらい、残り3ヶ月になって、徹底的に被害者遺族の話を聴くように方針転換。期限まで5日の時点で51%の賛同者。そして、最後の最後にウルフが、ケンが信頼に値する人、とブログに書いたのをキッカケに賛同者が急増し95%に。

結局、人の感情というものは、ちゃんと聴いてくれる、自分あるいは自分たちに寄り添ってくれている、この人たちは味方だ、信頼できる、と認識して初めて心を開くのかも知れない。一部の人たちは、何が合理的かを考え冷静に判断するかも知れないが、でも、それはたった15%程度の人でしかなかった。最初からもっと寄り添っていればもっと早くプログラムは成功していたかも知れない。

被害者の方々のサイドストーリーがあまりドラマティックに感じなかったが、それが逆に実話ベースのリアルさとして出ていて良かったと思う。

あと、マイケルキートンは、華麗な実績を持つ自信に満ちたベテラン弁護士の一面と、信念を持って進めてきたけど間違えていたかも知れない、でも失敗を認めたくない、でもやっぱり認めざるを得ない、という心の葛藤を上手く表情で演じていたと思う。