幽斎

スパイダー・イン・ザ・ウェブ/巣の中のクモの幽斎のレビュー・感想・評価

3.8
オスカー俳優Ben Kingsleyが欺瞞と陰謀の罠に嵌めるベテラン・スパイと、男を魅了する妖艶でミステリアスな女をMonica Bellucciが演じた、スリリングとエキゾチックが交錯する閑かなるテクノ・スリラー。友人宅で鑑賞。

副題「巣の中のクモ」スカパーで放送されたタイトルだが、映画専門チャンネルだけに言い得て妙。原題「Spider in the Web」折り重なる嘘と謀略で視野狭窄に陥るアヴラムを譬喩的に表現。アヴラムは Kingsleyのコードネームだが、Bellucciはシリアに化学兵器を提供する疑義のベルギーの重役。共演Itay Tiranはイスラエル国内では人気俳優らしい。

最近メッキリ減ったスパイもの。「007」「ミッション:インポッシブル」例外として、一昔前は「ボーン・アイデンティティー」等、古い言い方でサスペンス・アクションは定番ジャンルだった。「キングスマン」を除けば、敵の設定がソ連崩壊で消滅した事。現実の世界情勢が多岐に渡る複雑性を要するので、エンタメとして消化するのは難しい。小説の世界では「テクノ・スリラー」と言うが、政治、軍事、諜報、陰謀等の脅威を扱う文学と言う意味なので覚えて帰って下さい(笑)。代表作はTom Clancy原作「レッド・オクトーバーを追え!」レビュー済「ウィズアウト・リモース」等々。

本作は2019年製作のイスラエル映画。ベルギーのTV局とイギリスの配給会社が支援。Filmarksは3ヵ国のみだが、実際はオランダとポルトガルの制作会社も含まれる。正に多国籍軍だが、イスラエル映画と云えばレビュー済「運命は踊る」の様に「稀に」目の覚める作品が現れるが、大抵は自我の強い作風が多くエンタメ感が乏しい。初めから英語、アラビア語、ヘブライ語で製作するのはイスラエルらしいが、敵の設定がシリアなので周辺国のパワーバランスが日本人には伝わり難い恐れも有る。

「実話に着想を得た」テロップでスタート。国際政治に精通してれば「ああ、アレね」と分る。シリア内戦で化学兵器が如何にアサド政権を支えたか語ると、ソレだけで夜が明ける(笑)。30万人の犠牲者を出した6年以上に及ぶ内戦、首都ダマスカスでサリンを使った化学兵器が発覚。アメリカは軍事行動を起こすと示唆したが、シリアを支持するロシアが破棄を促した事で軍事衝突は回避。アサド大統領は最後まで使った事は認めなかった。

Sir Ben Kingsley 79歳!重厚な役を軽妙な演技で熟すレジェンド俳優。最近ではレビュー済「ロックダウン」「サスペクト 薄氷の狂気」等、電話が鳴れば何でも出るタイプに変身。イタリアの至宝Monica Bellucci 58歳!スゲェー!お袋と殆ど変わんない(笑)。「007 スペクター」熟女ボンドガールで有名だが、Dolce & Gabbanaモデルの様に、演技よりヴィジュアルで評価されるのは不本意だろう。世紀の変態Gaspar Noé監督「アレックス」約10分間の彼女のレイプシーンは現在のコンプライアンスなら完全にOUT。

映画よりも読書を好む視点から言えば、本作はテクノ・スリラーの巨匠John le Carréの作風をモンタージュ。イスラエル人Eran Riklis監督はシリアと分断されたゴラン高原を舞台にした「シリアの花嫁」世界的に注目されたが、インタビューでle Carréの「Tinker Tailor Soldier Spy」参考にしたと素直に認めてる。ハヤカワ文庫「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」新訳版も出てるので軽くお薦めしたい。Kingsleyのスパイ役って有りそうで無い気もしたが、寝転んで見てた友人が「パスカリの島が有るじゃん」確かに、「危険な情事」脚本家James Deardenね。

2019年だけでもモサドを扱う映画は本作とレビュー済「ザ・オペラティブ」も有るので、此処から入っても可。イスラエルがモサドを世界マーケットでアピールするのは、血も涙もない組織だと言う汚名返上の意味も有る(ソウ見えてるかは微妙(笑)。モサドは国として活動の根拠に為る法律が存在しない組織。此のプロットを基に描かれたのが「スパイ大作戦」後のミッション:インポッシブル。世界最強の諜報機関の理由は「ユダヤ人の血」エージェントは3年の月日を掛け育成される。

イスラエル映画なのでシリアとかモサドとかご存じですね?論調で展開するので、些かの知識が有り「007」なら字幕に頼らなくても英語が咀嚼できる私でも、理解に苦しむシーンも有る。「何だソレ?」と言う方の為に駆け足で要約すると、イスラエルは隣国パレスチナと敵対、コレはご存じだと思うが、エルサレムの帰属を巡りイギリスが深く関与、背後に中東でイニシアチブを取りたいアメリカは、イラクに遺恨を残しイランとは不倶戴天。シリアの背後にロシアが居て奥には中国も居る。分りました?(笑)。

疑心暗鬼に睨まれるように「誰が嘘を憑いてるのか?」モサドらしい疑り深さで、派手なアクションは一切無く、似たテイスト「裏切りのサーカス」此れもle Carréの代表作だが、お気に召した方は観て損は無い。全体のテイストはテクノ・スリラーを地で行く路線で、盛り上がりに乏しいのは逆に好みだが、小説をそのまま映像化したイスラエルらしい作劇は、映画として発展途上とエクスキューズ。小説ならページの制限を気にする事無く書けるが、映画は「引き算の美学」何でも足せば良いってもんじゃない。

Kingsley が幾ら老滑なスパイでも、歳を取り過ぎてBellucciを色仕掛けで落とすのは無理筋と思ったら案の定の展開。79歳でも勃つとはお元気で何よりだが、泌尿器科が専門の友人に依れば、75歳以上でも1ヵ月に2~3回以上性交の有る方が4人に1人は居るらしい。皆さん希望を持とう!(笑)。話を戻すと、最期も裏切りと遣る瀬無い死が待ち受けるのも、テクノ・スリラーの常套手段。U-NEXT会員の方は気軽にチャレンジして欲しい。

実在する世界情勢を、名優Kingsleyの見事なショーケースで描いたテクノ・スリラー。
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