ヒムロ

だが、情熱はあるのヒムロのレビュー・感想・評価

だが、情熱はある(2023年製作のドラマ)
5.0
これはふたりの物語。惨めでも無様でも逃げ出したくても泣きたくても青春をサバイブし、漫才師として成功を勝ち取っていくふたりの物語。しかし断っておくが、友情物語ではないし、サクセスストーリーでもない。そして、ほとんどの人において、まったく参考にはならない。
だが、情熱はある。


自分がリトルトゥースになったのは中学生の時。
オードリーのオールナイトニッポンRを聞いて、その後レギュラー化したオールナイトを聞き出した。
元々バナナマンが好きで、強いキャラとその司令塔というコンビ関係に惹かれたのがキッカケだったように思う。
特に何が良いという理由も言語化していないまま聞き続けていた2012年、「たりないふたりという番組を今度やるから見てほしい」というラジオでの言葉をキッカケに自分を知ることになる。
自分が生活の中で感じていた窮屈さや社会性のなさを言語化された上で、「でもそれでいいんだよ」と肯定してくれた番組がたりないふたりだった。
そこからボスのラジオも聴き始め、間接祭りに参加したり、大喜利甲子園でメールを読まれ、キューバ旅行記を読んで泣いた。
たりないふたたりが芸能界を駆け上がる所をバラエティで追って、ラジオで聞いてきた。
そしてドラマ化のニュースに驚いた。


長々と自分語りをして申し訳ないがここから内容に触れていきます。
ドラマ化すると聞いて確かにピッタリだと思う反面、半生を描くにしても何が大オチに待っているんだとドラマとして特大の不安を抱いたのだったが、最終回を見て杞憂だったと分かった。

まず全体的な話なのだが、ふたりの大ファンとして言わせてもらうとあまりにも細かすぎる再現だけでめちゃくちゃ感動できる。
あげればキリがないので具体的に上げるのはやめるが製作陣の愛が溢れすぎている。

ストーリーはほぼ実話なのでこれが良いとか言う話でもないのだが、やはりグッときたのは若林さんのお父さん、そして谷ショーさん(マエケンさん)との別れ。
始まった時から既に亡くなっている人だと思って見ているので切なさが言葉にできないほど毎話込み上げてきた。
それと山里さんにNSCの願書を出すように発破をかけるシーン。
卒業の時に入学を発表されるとか言うのが感動的すぎて実話とは思えない。
あと若林さんが解散したいと言うシーンの高橋さんの芝居は心に来すぎて何度も見返してしまった。

現実なので構成とかでもないのだが、若林さんの全然売れない時期は見ていてしんどくなるほどの虚無感がある日々で、山里さんの血の滲むような努力はドラマにされると一層現実味がなくなる不思議さ。
葛藤の天才と嫉妬の天才。
カッコいい部分もろくでもない部分もキッチリ描いて、芸人の裏を描いている。

オードリーと南海キャンディーズを演じる4人の演技は憑依としか思えないほどの素晴らしさ。
今現在生きている人を演じる事ほどプレッシャーな事は無いと思うのだが、そこの違和感を感じさせない、もはや怪演とすら思えるレベルの脅威の演技だった。
若林さんを演じる高橋海人さんは死んだような目と特徴的な喋りはもちろん、泣くシーンの顔つきや腕の持っていく所まで本人の癖と瓜二つで驚いた。
山里さんを演じる森本慎太郎さんはこういうドラマでは普通期待されないビジュアルがまず似ているという謎すぎる所から始まり、すこしかすれた声やトークの緩急や句読点まで本物そっくり。
春日さんを演じる戸塚純貴さんは体格こそ似ていないが、表情や喋り方がコピーしてきたようにそっくり。
しずちゃんを演じる富田望生さんはあまりにもそっくりすぎる声もさることながら、近代と昔で喋り方の違いを演じ分けているのが感動だった。
ドラマ「宇宙を駆けるよだか」ですごい演技をしていたあの太った子だったと途中で知って納得した。
そして二組とも完コピ漫才は圧巻。
間や言い方だけで面白くできる範囲を超えて、きちんと人(にん)が乗っているように見えるのがすごい芝居。

OP、ED共に歌詞も非常にマッチしていて良かったが、やはり「こっから」は歌詞が刺さりすぎる。
たりないふたりのために作られた新たなラップというだけで素晴らしいのにパンチラインの連続。
「夢と相思相愛になれるはずなんだ」という全ての売れてない人達に刺さる言葉が好き。

「明日のたりないふたり」で言っていた自分たちから想像もしなかった何かが別の人の手で生まれるという話。
この曲も含めて、このドラマも新しく生まれたものの一つであると感じた。

語りたい感想はまだまだ山ほどあるし感動したポイントも上げればキリがないのだが、最終回の同窓会のシーンにだけ触れさせてもらいたい。
同窓会に参加した若林さんに「俺もコンビ組んでおけばなぁ」とか「年収いくら?」と軽口を叩いてくる同級生たち。
彼らはこのドラマを見る前の視聴者達のメタファーであると感じた。
おそらく最終回まで見てきた視聴者はこう思ったはず。
「うるせぇな何軽くイジってくれてんだよ。テレビで今は楽しそうにやってるように見えるかもしれねぇけど売れるか分からない中、血の滲むような努力して、売れた先でもたりない中頑張ってんだよ!」
このドラマがお笑い好きではなかった視聴者の芸人観を180度変えたはず。
あまりにもキツいシーンでもちろん現実で、でもサバイブの一つで、すごく意味のあるシーンだったと思う。


ぜひこのドラマをキッカケに「たりないふたり」などを今から追い始めた人達にオススメすると、若林さんのエッセイ「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」は是非読んでほしい。
自ら筋金入りのファザコンと語る若林さんの父への想いが綴られている。



自分が生きているうちに大好きなふたりのドラマが見れるなんて最高だった。
あーたりなくてよかった。
ヒムロ

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