金宮さん

アフター・ヤンの金宮さんのレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
3.5
小津安二郎や岩井俊二からの影響がむき出し。邦画的演出と洋画的リッチな映像が混ざった、アンドロイド系SF作品の良作。

「テクノ」と呼ばれる完全に人間と見分けのつかないAIアンドロイドが巷に溢れる未来。ある家族と共に暮らしていた「テクノ」ヤンが破損。家族が修復を試みるなかで彼の記憶に触れるといったストーリー。

記憶=録画の設定を「一日数秒だけ、なんらかの法則に則り録画をする機能がある。ただしその法則は不明である」としており、そこが非常に秀逸。なんらかの方則、がいわばAIの感情「のようなもの」であり、こすられまくった「AIに感情はあるのか?」という議論からさらに深掘りした状態で思考の題材を与えてくれる。

「愛を感じたときだけ録画する」みたいな安易な説明がないので、ヤンの記憶旅行のシーンは鑑賞者に大きな余白を与えてくれる。そのつくりはとても誠実。

ずっと静謐なトーンで、登場人物と一緒に受け手もひたすらに考えていく構造の作品が行き着く先は死生観。その話題でヤンと、人間である母親が会話をするシーンが今作のハイライト。

ヤンは蝶の標本を集めるのが大好き。なんで?と人間が尋ねる。「蝶は毛虫の観点からみると"死"の姿である」という中国の故事が好きだから、とAIが応える。

こんな感じではじまる会話が非常にアカデミック。誰だって死は怖い。「AIにとって終わりは始まりと捉えているかい?」と母親は仏教輪廻の観点でおそるおそるヤンに質問をぶつけるが、ヤンはそのようなプログラムはないと優しく突き放す。

「終わりが始まりであるという輪廻観を人間は信じたいし、そのようにプログラムされてるのかもしれない」と、この文脈で母親と我々は気づかされる。しかしその後、ヤン自らの発言に逆らうように「AIと輪廻と前世の記憶」という発想も登場し、思考の深掘りは止まらない。

「発達しきったAIと人間の区別は?」現実でもフィクションでも話題沸騰な議論。一つの回答候補を提示してくれたなあと思えるほど、説得力を持つ力のある作品。

ーーーーーーーーー

人間夫婦のビデオ通話シーンでの正面カットは確実に小津安二郎。さらに記憶旅行の最中に遭遇するブロンド女性の背景で流れる印象的な楽曲は、岩井俊二を彷彿とさせるもので雰囲気づくりに一役買ってる。

ん?ヤンが着てるTシャツに「リリィシュシュ」って書いてないか??エンドクレジットで再度流れて確信した。マジで「リリィシュシュ」のカバーソングやんけ。

岩井俊二&小林武史の世界観をつくる力って本当にすごいんだと実感。国境越えるどころか、AIアンドロイドまでいきましたか。

ーーーーーーーーー

スチームでもサイバーでもなく、自然と共鳴している未来観を「シルク・パンク」というらしい。今作を通じて知りました。勉強なった。どれも人工的であることが前提なので、そうなると「シルク・パンク」が実はいちばん不気味か?と思ったりもする。
金宮さん

金宮さん