「(母は)否定することで隠したのだ」
最後まで観ると、『美と殺戮のすべて』(原題:All the Beauty and the Bloodshed)というタイトルがしっくり来る。
写真家ナン・ゴールディン。
あらゆる階層に重層的に仕込まれている殺戮、彼女の体験はオピオイド問題というアメリカ社会表層に辿り着くが、それを照らし出すのは極めて個人的な生であり光だった。
否定され隠されるべきもの。マイノリティとマジョリティの比率は我が身を二つに分割する比率と同意。
記憶装置としての写真が本来の意味で生々しく存在する。容赦なく過ぎ去り忘れ去られるものに、美しき爪を立て暴き立てるというのも一種の暴力的な行為であり、抗議はすでに始まっていた。
ありとあらゆる殺戮に。無感覚の醜悪さと。美の時間性に。
もしかしたら肌感覚から生まれる新たなエスニック・アイデンティティというものがあるのかもしれないし、ここにあるのは「仲間」「トライブ」と呼ぶものを得ながら生き延びる軌跡だった。希望、喜びの渇望、人生のすべて、美と殺戮のすべて。