ジャン黒糖

ブラックベリーのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

ブラックベリー(2023年製作の映画)
4.2
かつてはビジネスマンを中心に絶大な人気、シェアを誇っていたカナダ発の携帯端末BlackBerryの創業者にして共同CEOのジム・バルシリーとマイク・ラザリディス、そしてマイクと学生時代からの親友で同じく創業者のダグ3人による同社の創業から業界トップへと上り詰めてから数年で衰退していくまでの盛者必衰を描く実録映画。

【物語】
学生時代にカナダのウォータールーで立ち上げたリサーチ・イン・モーション社で働くマイクとダグは1996年、同国大手企業にピッチしに行く。
ピッチ自体は失敗に終わったが、彼らの売り込んだ製品=モバイル端末によるメール送受信、に目を付けたジムは、会社を辞めてそのままRIM社で働くことに。
彼の強引な手法と、本人たち曰くカナダ1の技術を持つマイクたちのエンジニアリングによって瞬く間に北米でBlackBerryは大ヒットするのだが、2007年アップルが時代を変える、あの革新的なプロダクトを発表し、彼らの成長は陰りを帯びていき…。

【感想】
本編の話をする前にひとつ、賢くなった話。

本作の日本でのあらすじ紹介とかを見ると「栄枯盛衰」と表現される記事を目にする。
気になってChatGPTに栄枯盛衰と盛者必衰の違いを聞いてみたら返った回答が以下だったのだけど、これがなかなかに本作のポイントをおさえていると思ったので転載する。

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「栄枯盛衰(えいこせいすい)」は、物事や人の栄えたり衰えたりする過程を指します。栄えていたり栄えがあったりすること、そしてそれが衰えること、衰えたり没落したりすることを包括的に表現します。この言葉は、自然の摂理や歴史の流れに対する観念を示すことが多く、物事の成長と衰退、そして変化の過程を指します。

一方、「盛者必衰(じょうしゃひっすい)」は、盛んである者や物事も、必ず衰えていく運命にあるということを強調した言葉です。つまり、どれほど栄えている状態でも、それはいつかは衰えるという不可避の法則を示します。この言葉は、人間の傲慢さや過信を戒めるためにも使われます。

したがって、「栄枯盛衰」は物事の成長と衰退の一般的なプロセスを指し、それに対して「盛者必衰」は特に盛んな状態にあるものがいずれ衰えるという法則を強調しています。
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本作は携帯電話市場の競争性やライフサイクルそのものを描いた作品というよりはあくまでBlackBerryを生み出した人たちの、かつてはかなりの世界シェアを集めたものの数年にして衰退して行った、その要因=不可避性を描いた物語ゆえ、どちらかといえば"盛者必衰"の方が適切に思えた。


「なぜ携帯電話事業で世界シェアの多くを占めていたBlackBerryは同事業から撤退したのか」という、まさに盛者必衰の経緯を、本作は実録エンタメ映画としてとにかく興味深く、そしてシンプルにめちゃくちゃ面白く描いていた。
(自分は2014年ごろになるけど職場の先輩がBlackBerryを使ってたなぁ、なんてことを思い出した)


日本ではあまり馴染みのなかった商品ながら、BlackBerryが劇中において衰退の道を辿った内的要因は自分が思うに3つあり、これが凄くわかりやすく描かれている。

①技術的課題はマイクがなんとかするから自分のミッションは売上にスケールをもたらすことだと思い込んだ実利主義なジム・バルシリーの傲慢さ
②自身のこだわり=BlackBerryの競争優位性と思い込んだマイクの過信
③事業拡大・生産拠点移転に対し失われる統制力と創業当時の企業風土


2007年、アップル社のスティーブ・ジョブスが以降の携帯市場のエコシステム全体を変えたあの商品を発表した日を契機に、瞬く間にBlackBerryを発売するRIM社は顛落していくことになるのだが、あくまでそれは決定打となった契機であり、遅かれ早かれ彼らは上に挙げた①〜③の内的要因によって衰退していったであろうことを暗示しているように思った。


そしてそれは、物語の始まる1996年から描かれている。

学生時代から親友だったマイクとダグは、ピッチのため訪れた建設サービス会社サザーランド・シュルツで、多忙のあまりまともに相手にさえしてくれない副社長のジムに出会う。
ここでの頼りない2人の、ナード感たっぷりのプレゼンは、それだけで観ていて楽しいけれど、大規模取引をこれまで多く手掛けてきたジムからすれば素人同然の彼らの話は頭に入ってこない。

しかし、社内での紆余曲折を経て結果騙されたと思ってマイクたちのいるリサーチ・イン・モーション社(RIM)にジムはやってくる。
彼には、自身の経歴を活かすことでポケットリンクをアメリカ市場に売り込みにかけることが出来る自負があったからだ。

ただ、当時ニューヨークを中心とする大手・東部ベル電話会社、ベル・アトランティクス(のちのベライゾン)の人たちからすればジムの口達者なプレゼンは技術が伴わず響かない。
まだポケベルのような一方通行のモバイル通信が当たり前の時代、ベル・アトランティクスをはじめとする通信事業各社は、世界中で普及し始めたインターネット上での双方向通信を可能とするモバイル製品の開発を当然模索していた。
そんな時代においてはジムの語るプロダクト自体の夢物語などよりも、いかに大量の端末ユーザ同士の通信やりとりを実現させるか、という業界全体が抱えていた技術課題の解決策を誰もが求めていた。

そんなとき、のちにジムと共同CEOとなるマイク・ラザリディスが説明する技術的解決策=中継サーバを介しテキスト化されたデータのみを通信させることで従来以上に大量(といっても現在に比べたらそれでも米粒程度の通信量)のメール交換を可能にさせる仕組みがベル・アトランティクスの人たちにとっていかに光明が差して見えたかは、劇中わかりやすく描かれる。


ただ、この中継サーバも、結局は彼らRIM社の自前機な訳で、当然契約数が増えれば自ずとアクセスも逼迫していく。
この、企業の急速な成長に比例して負荷が高まる技術的課題を、実利主義のジムと技術優位のマイクの関係性に重ねながら1996年から2003年、そして2007年への変遷のなかでスピーディに描かれ、これがお仕事映画として大変面白い。



2003年、瞬く間に北米圏でかなりのシェアを誇るモバイル機器企業となったRIM。
ジムは規模拡大に踏み切ろうと連日、プライベートジェット機で飛び回り、マイクは期待される新製品開発と膨張し続けるサーバ負荷に神経を切らしていた。

そして遂に訪れたサーバダウン。
怒り心頭に発するジムと、それ見たことかと対応に追われるマイク。
この一件が、結果、更なる大量の優秀な人材確保と同時にそれまで同社が持っていた企業カルチャーを失うきっかけとなった、とマイクの表情を見て思った。


元々は学生時代の集まりから始まったRIM。
ピッチが失敗に終わって落ち込むよりも、週に1回のムービーナイトの方がテンションがブチ上がって仕事そっちのけでオフィスで映画を観ていたような人たちだ。笑
特にダグ、彼がジムに口答えする場面は常に的を少しズレた会話ばかりで笑ってしまう。笑


しかし、大企業にもなれば回線契約者の増加に伴い、ダグも含めた従業員一人一人に求められる労働意識やガバナンスもより厳しくなる。
コスト面で見ても製造ラインを中国にオフショア化した方がメリットもあるが、マイクはずっと中国製商品の品質を良くは思ってこなかった。
ベル・アトランティクス改めベライゾンの、1996年から付き合いのある重役たちからも徐々にインパクトのあるサービスを求められるようになってきた。

そんな、プレッシャーがかかるマイクの一方でジムは通信業を超えてアイスホッケーのリーグ買収に向け動き始めて、事業に対しおざなりになっていってしまう。

社内外からのプレッシャーでストレスがピークに達していたマイクにとって、いままでノキアなどをはじめとするモバイル機器メーカーを競合としてきたRIMにとって、アップルの参入は寝耳に水だったに違いない。

それが2007年1月、スティーブ・ジョブズが壇上で紹介したiPhoneだ。



その後の市場シェアの移り変わりを知っている2024年現在からすれば、マイクやRIM社員にとってジョブスがプレゼンしたiPhoneが如何に得体の知れない、けど確実に不安を煽るプロダクトに見えたことか。
ベン・アフレックの『AIR』が、エア・ジョーダンとマイケル・ジョーダンのその後の大成功を知っているからこそのフリが利いた逆転劇を描いたのに対し、こっちはその後を知っているからこその絶望感がハンパない!

ジョブスが発表したiPhoneは、BlackBerryのようなQWERTYキーはおろか、ボタン自体がほとんどない、液晶タッチパネルによる操作。
たしかにそこだけを見れば、BlackBerryの押し心地を良しとする"クラックベリー"たちにとっては、乗り換えるほどの魅力ではなかったかもしれない。

ただ、iPhoneの革新性は単なるプロダクトデザインだけにとどまらない。

アップルは、iPhoneというデバイスを通じて、apple storeというプラットフォーム上での"アプリ"という新しいビジネス市場を生み出した。

新しい市場が生まれれば当然そこに参入する企業も増える。
参入企業が増えれば投資マネーも動く。

ベライゾンの担当たちがマイクを見る目も当然変わる。
「iPhoneと比べた時のBlackBerryの優位性、差別要素はどこにあるのか」


この問いに応えるマイクの回答は観ていて痛々しい。
このクリック音こそ、ファンを掴んで離さないBlackBerry独自の優位性という過信によって彼は、焦りから遂に口にしてはいけない言葉を発してしまう。



かつて、世界シェアの多くを占めたBlackBerryを販売するRIMは同年3月、ジムの会長辞任を発表する。
そしてアップルはベライゾンと並んで北米圏でキャリア大手のAT&Tとの独占契約のもと、6月に米国でiPhoneを発売した。

時を同じくして発売したBlackBerry STORMはというと…
これは劇中でも語られるので割愛。



という訳で本作は①実利主義のジムの傲慢さ、②自身のこだわり、がBlackBerryの競争優位性に直結していると思い込んだマイクの過信が、共同CEOでありながら上手く車輪は回らず、結果アップルの破壊的イノベーションによって一気に形勢悪化する様が描かれる。

そして、本作はそれに加えてもう一つ、同社の凋落の原因が本作に通底するテーマとして描かれる。
それが③マイクの見える範囲を超えてガバナンスやかつての風土を失う企業成長の構造そのもの。

それこそ、最初のジムへのピッチ直前。
マイクは緊張するダグをそっちのけで、中国製スピーカーから漏れるノイズを直す。
明日にはベル・アトランティクスにプレゼンしにニューヨークへ出張だ!とジムに駆り出されたときも、ダグたちがいたからなんとかプロトタイプを形だけでも作ることが出来た。

ただ、企業が大きくなればなるほど、自分の手から離れていくものがある。
かつては仲間たちと一緒に熱中して作ったプロダクトも、いまや部門長からの売上予測の報告を受ける程度。
いざ自分が手を動かそうにもかつてのようには上手く行かない。
焦りばかりが募る。

そんな彼をダグは心配するが、彼は無下にしてしまう。

そして本作最後、かつての仲間たちも離れてしまったマイクはとある場所であることをおもむろにするが時すでに遅し、彼の手にはもう負えないことが伝わるナレーション。


ある意味、ジョブスはその点においても圧倒的カリスマ経営によって企業全体を引っ張って行くことができた。
しかしジムやマイクにはそれができなかった。
出来なかったけど、これは働く人なら多くの人が共感するに違いない普遍性を帯びている。

事業が大きくなればなるほど、当初本人が抱いていた想いとは裏腹に人も会社もうねりを帯びて動く。
最初から描かれていた3点が辿り着く着地点。

劇中描かれないこととして、wiki曰くBlackBerryとしては2013年のユーザ数8,500万人がピークだったらしく、インドネシアでかなり利用者が多かったそう。
ただ、世界市場シェアはこの時点で1%ほどで、かつて45%程のシェアを誇ったことを考えると雲泥の差に感じる。
そして、2013年発売された機種をもってBlackBerry osの開発は終了し、2016年には端末の開発製造からも撤退。
いまでは車載器メーカーとして業界トップシェアを誇るソフトを生み出している、とのことだけど、消費者向け端末としての注目を失うとより存在感は薄く感じてしまう。


いやー、実録ものとして大変面白かった。
ダグ役の人最高だなーと思ったらこの人が監督なの?!笑

オープニングで、ネットワーク技術が発展すれば、人は移動する必要がなくなり、物理的な距離に作用されることなく働くことができる。と1950年代時点で予想した人(すみません、忘れた)の映像が流れながら、マイクがこれからピッチしに行く車の窓から馬が走っているのが見える場面なんか、モビリティ自体の時代の変化を映像的に見せる演出あたりから普通に上手いなぁと思った。
映画全編、物語構成とテーマが凄く合致しててめちゃくちゃ面白かったので、是非ともまた映画を撮って欲しいなと思った。
おすすめです。
ジャン黒糖

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