Oto

悪は存在しないのOtoのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.2
軽やかな笑いと、尾を引く恐ろしさの共存。これぞ濱口映画。

『ハッピーアワー』や『ドライブマイカー』のような、これはすごいものを見たという大作も好きだけど、
自分は『偶然と想像』のような軽やかな作品にこそ、濱口さんの真髄があると思っているので、今作はすごく好き。

一番印象に残ったのは、コンサルの加害性。
「悪は存在しない」というように判断を押し付けない作品だし、よそ者の二人も社会のシステムの被害者だと思うけど、
あの傍観者だけはほんとに悪に思う。
車から打ち合わせ出てるの解像度高すぎるし、何も解決せずに次の打合せへ。
切れてないZoom画面で「善は急げ」を繰り返す社長も、やば過ぎて最高だ。

蕎麦屋のシーンもベストくらいに好き。
「それって味ですよね」「人手はあるので」は明確に笑いが起きていた。
村の人のドライさがフリになってるからなんだろうか。序盤のドキュメンタリーのようなルーティン描写も効果的。
奥さん(菊池葉月さん)は『ハッピーアワー』の桜子だとけっこう後になって気づいた。

冒頭といい、森の中の並走視点といい、悪魔か神かというような視点。
監督いわくあくまで「カメラ視点」ということだけど、あのオチをみると意図を感じるなぁ。
父が隠れて、映ったら娘と二人になる、はすごく素敵だけど、カメラマンのアイデアらしい。

ブレッソンのようなキャスティング。
主演は制作部、上司は車両部の元俳優、子役は初映画、なんともすごい。
スタンドインで丸太割りをしてもらったときに出たタメ口が怖かったから、
ということで選ばれた主役らしいけど、たしかに凄みを感じた。
上司も、自主に近い規模で牽引ができないから、運転しながら芝居できるほどの腕が必要だった
ということだったらしいけど、富士山に向かっての車内の会話すばらしかったな。
ドライブマイカーといい、偶然と想像といい、
ゴダールのいう「男と女と車があれば映画になる」を証明してる。

あとはロメール的な偶然性の大切さというか、
奇跡的なものを映像化してるなということも思った。
グランピングの話はシナハンに行って現地の人から聞いたことらしいし、
鹿の死体は助監がみつけて脚本を現場で変更してるらしいし、
編集すらも全素材をふたりで見直して選んでいるとのこと。
そもそも今作の成り立ちが音楽映画の依頼として始まってるというのも衝撃だし、
デキリコの展示でも思ったけど、アーティストといえど時代や環境に影響されまくって作っていて、
自分というもので完結することの無意味さを思い知る。

コンフォートゾーンでものづくりをしてはいけないとすごく感じたし、
青山剛昌先生のプロフェッショナルもめちゃくちゃ実験してて感銘受けたけど、
「本読み」というのもそれの象徴だなと感じる。
検索とリモートばかりしてるとあのコンサルみたいになるぞと言われてるような。

テーマを言わせるのをすごく我慢してるなと思った。具体のシーンを忘れたけど。
頭を押さえるのは病?かと思ったけど、傷を負った鹿だったのかな。
リアクションが多くてアクションをしないのも、それの伏線だったのか。
車内での鹿はどこにいくんですか?も実は結末を予兆していたし、
「みんなよそ者の村だから」とかもそうだったな。
わさびの葉のショットが好き。

観てから数週間経ったものの、自分の仕事観に影響を与えられてしまって、この人よくないな〜好きじゃないな〜って人に対面すると全然やる気が出なくなった。これはむしろいいことかもしれない。
Oto

Oto