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黒の試走車(テストカー)のotomisanのレビュー・感想・評価

黒の試走車(テストカー)(1962年製作の映画)
3.8
 所得が倍増したら物価は何倍増?税額は?なんて考えるようならこの映画はお呼びでない。サラリー倍増しに高速度の欲望がメラメラするような輩が求められる。
 この高速度というやつは、かねてより馬で駆ける貴族連中と歩くばかりの庶民の格差を象徴した事であって、革命を何遍繰り返してもさっぱり埋まらない。ところがイタリーでイカレ気味にも見えた未来派主義者が「自動車は、サモトラケのニケより美しい!」とか叫び出す頃になり風向きも変わってくる。
 もちろん高嶺の花の自動車だが、こいつを乗りこなして超絶階級を獲得する文化闘争を怒鳴り上げるのに今の身分なんぞクソですらない。

 それも案外本当かも知れない。庶民の高速化は通勤電車の乗降速度を2扉から4扉化で倍増しにするとか程度と思いがちな頃、スポーツカー100万円切り時代の到来を謳う事で幕を開けたりする。
 この価格設定に至るまでの各メーカーの開発競争は熾烈な諜報戦でもあって、敵はもとより裏切り者も死すべき闘いである。かつての戦時下、当然視された戦死と敵陣覆滅が帝国の聖戦から企業戦士に転じた者たちに蘇る。この傲岸不遜が未来派の放言に似て響くように、高速度にメラメラ来る連中の暴走にも似て映る。

 諜報戦に疲れ切った田宮がハニートラップを奨めた彼女の元に墜落してのちに味わう轢き逃げの危機、二人を掠めて過ぎるTiger-Pionnerが彼らを生みの親とも知らず浴びせるクラクションが「くたばり損ねぇめ」と響く。
 高速度が人間を変えるのか、ひとが変わるよすがとして高速度を求めるのか。100万円未満でひとが変われる時代を迎えて、次の案件の開発競争=諜報戦はどんな犠牲を要求するだろう。その分野はクルマからどんな方面に広がるだろう。
 世界企業に成長し国家より広大な市場を奪い合う世界では、ほんの数万円の情報端末が地球の裏側からでも5G速度で世界同時に誰かをディスって匿名の自分はいい気持ち。みんなで呪えば致死率何パーを稼げるだろう。
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