April01

羊たちの沈黙のApril01のレビュー・感想・評価

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
5.0
ジョディ・フォスター演じるクラリスの硬質に光る固いダイヤモンドの原石ような煌めき!FBIアカデミーの女性実習生、田舎出身の完成されない人間の持つ素の魅力を、猟奇的なホラーと組み合わせた点が、もう設定の段階で勝っている。

彼女の柔らかで繊細な感受性が狂人レクターによってジワジワとむき出しにされていく、サディスティックないたぶりを、普段そんな世界には無縁と思っているすべての正気の人間にまで、そうと意識させないように疑似体験させ、潜在的な欲望に近い部分の本能をピンポイントでえぐってくる感じ。

より世界観をきっちりと作りあげてディテールにこだわった情報量の多い原作も良いけれど、その中からエレメントを繋ぎ合わせ、この長さに収めて映像化した本作、時を経て再見しても、やはり素晴らしいなと感動がまったく色褪せないことに驚く。

あれ以来あまたのホラーが出ているけれど、本作の持つサイコスリラーとしての魅力、アンソニー・ホプキンス演じるハンニバルの魅力、クラリスの透明で素朴な存在感、脇役たちの思わせぶりな役回りや演出、どれをとっても、今改めて観てもとても新鮮に感じられるのが本当に不思議。
映像ならではの思わせぶりな細かい演出もゾワゾワする。

序盤から、クラリスの肉体の動きにくぎつけにされる。スタイルがいいとか今風の露出系なエロさではなく、緩めのスウェットだからこそ具体的な肢体の想像ではなく抽象的に漂ってくる若いフェロモンのようなもの、それを視覚的に伝えるのが、あの延々としつこいほどまでの長回しのランニング。
しかも首元は汗でびっしょり。その汗の黒い沁みがものすごくエロい。このへん、当時観た時にはまったく気づかなかった。つまり自分もそういうエロを抵抗なく感じ取れるほどの変な大人になったということか。あの厚手のスウェットがあんな風に濡れるなんて意図的以外の何物でもない。

そのままFBIオフィス棟に入っていく。なんか体から湯気が立ち上ってきそうな気までした。もう始まりのこの時点で、観る自分が勝手に変な世界に惹きこまれている。でもそういう演出してるんだから仕方ない。
そのまま男性上司のオフィスに入っていく。クロフォードとの空気もなんか思わせぶり。2人のやり取りは全編通じて、観る人によって色んな見方ができるんじゃないかな。

変な世界に入っていくという点では"I can smell your c*nt."の囚人房でのレクターと初対面でのやり取りが強烈すぎて、ごめんなさい、もうこの世界に引きずり込まれている自分には匂ってきそうな気までしてきて。卑猥な言葉を言わせると興奮するヤツとかいるアチラの世界の形式美ではないですか!とクラクラしてくる。そのセリフをクラリスに言わせるところと、戸惑いを隠して平然とリピートする彼女の毅然とした態度に余計にそそられるわけで。

正直言って男社会でサバイバルする女性の姿云々とウンチクたれたくなる場面は他にいくつもあったけれど、女性としての強さが一番現れてたのは、このシーンではないかな。セクハラ野郎に言葉でなぶられるけれど、そこで泣いて逃げ帰って性加害だなんだと訴えるわけでなし。黙々と職務を全うする凛としたクラリスの強さが伝わる。

機上のクロフォードと会話する場面。最後の呼びかけに答えず飛行機が急降下してるように見えて場面転換とかの切り替えも上手い。観てる方は、で?~!!って感じになる。

もう一人の主人公とも言えるレクターは、超危険人物なモンスターでありながら、一流の知性をひけらかしアピールする様子が、犯罪行為は目を背けたくなるようなものなのに、クラリスとの関係性においては熱烈な好意を隠せていないところに面白さがある。

資料を手渡す時に、クラリスの手に触れるシーンはヤバい。アルコールティッシュでふき取りたいくらい忌まわしく感じるのが普通の女性の反応なんだけど、うぇー気持ち悪いけどなんか何なんだろコレっていう変な世界の住人にすでになっている鑑賞者的にはもうこれはアリな世界なんだよね。

さらにはクラリスとクロフォードの握手。レクターとの手の触れ合いと対比させていると思うけど、電話がかかってきているのに割り入って短い会話を交わすのみでクラリスを電話に出るよう促す。
遮る権限はクロフォードにはなく、保護者の役割を果たしてステップバックし自立を見届けたような印象を受ける。演じるスコット・グレンの複雑な行動と哀愁漂う演技が思わせぶりでミステリアスに演出しているのも良く効いている。

色々あるけれど、やはり映画はいかに余韻が大切かということを思い知らされるお手本が本作のエンドロール!長々と街並みを見せつけて、あれを見ている間に伏線どころか、伏線が回収されることに気づき、余韻の中で意識がフル回転するという見事な終わり方。


メモ:
Hannibal Lecter:
Now then, tell me. What did Miggs say to you? Multiple Miggs in the next cell. He hissed at you. What did he say?
Clarice Starling:
He said, "I can smell your c*nt."
Hannibal Lecter:
I see. I myself cannot. You use Evian skin cream, and sometimes you wear L'Air du Temps, but not today.
April01

April01