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アメイジング・グレイスのodyssのレビュー・感想・評価

アメイジング・グレイス(2006年製作の映画)
4.5
【過去の歴史と現代をつなぐ力作】

奴隷というと、ふつうアメリカが思い浮かぶ。アメリカ南部の農園、黒人奴隷、ストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』、リンカーン大統領、南北戦争、『風と共に去りぬ』・・・・・もう少し下ると、1960年代の公民権運動、キング牧師、『招かれざる客』・・・・・

しかし歴史的に見るなら、ヨーロッパは古代から奴隷を使う地域だったし(最近なら映画『アレクサンドリア』参照)、近代になってからのアメリカ黒人奴隷にしても、アフリカから黒人をカリブ海の西インド諸島に連れていく過程でヨーロッパの国々も深く関与し、そのやり方をアメリカが踏襲したことによっている。つまり、三角貿易と呼ばれるものがそれだ。

すなわち、
ヨーロッパから繊維製品、酒、武器を西アフリカへ
西アフリカから黒人をカリブ海・西インド諸島へ
カリブ海・西インド諸島から砂糖、綿をヨーロッパへ
という三角形の貿易ルートのこと。

これで、西インド諸島は黒人奴隷を酷使して農園経営を行い、そこでとれた砂糖や綿がヨーロッパに渡り、砂糖は奢侈品としてヨーロッパ人に愛用され、綿は布製品に加工されて産業革命の一端を担った。西インド諸島は、今は独立国家になっているけど、昔はヨーロッパの領土・植民地だったわけだから、ということはつまりヨーロッパも黒人奴隷を使って儲けていたということなのだ。

しかし、黒人奴隷をアフリカから西インド諸島に運ぶ過程は苛酷で、黒人は狭い空間に押し込められて衛生状態なども悪かったので、途中で死んでしまう者が多かった。また、そもそも奴隷という状態に黒人をおくのは人道や近代的な平等原理に反している。

というわけで、フランス革命が起こる少し前から、黒人奴隷貿易を廃止せよと訴える政治家が英国に登場した。

前置きが長くなったけど、この『アメイジング・グレイス』はその政治家を描いた映画である。

物語は、主人公である政治家ウィルバーフォースがいったん奴隷貿易禁止法制定に挫折し、そこで妻となる女性と出会うところから始まっている。そこから、過去のいきさつが語られ、さらに挫折後は妻となる女性に支えられながらついに奴隷貿易禁止法を議会で通すまでが描かれている。一見するとまどろっこしいようだが、この構成は成功していると思う。つまり、妻となる女性もウィルバーフォースの政治的信念に賛成しており、二人が語り合うことで問題の所在が明確になるという利点があるからだ。加えて、この種の物語ではどうしても女性は刺身のツマ的な扱いになるが、この構成により妻の存在感が高まるからだ。ちなみに、妻役がロモーラ・ガライで、私は彼女のファンなので、キャスティングからしても文句なしであった。

全体に質感が高く、歴史を知るという意味で有用な映画だが、決してお勉強の臭いがたちこめた作品ではない。映画としての楽しみが随所に見られるからだ。当時の英国議会の様子や、主人公を初めとする英国議員たちの日常生活など。やっぱりと言うべきか、議員になるような人って、お金持ちなんだよね。主人公も貧しい人々を自分の邸宅(現代日本の中流サラリーマンの一戸建てとは全然違います)に招いて慈善行為をしばしば行うのだが、これって、召使いを使いながら広い屋敷に住んでいるから可能になるんだよねえ・・・・(嘆息)。

少し余計なことを付け加えておくと、奴隷貿易廃止法案に反対した議員たちは、別に平等原理に反対だったわけではない。彼らは英国地方都市の地域経済を代表しており、奴隷貿易が禁止されたり植民地での奴隷使用ができなくなると、英国地域経済が打撃を受けフランスとの競争に敗れると考えたのだ。近代産業は一方では民主主義を促進したが、他方では奴隷の存在を黙認することにつながった。上にも書いたように、奴隷貿易禁止法を強く訴えたのは裕福な階級の人たちであった。

これは奴隷問題に限らない。英国史をひもとくなら、国内の貧民救済を強く訴えたのは貴族や裕福な人々であり、「自己責任」だから貧民救済は不要と主張したのは民主主義者たちであった。また、この問題が起こる直前にアメリカは英国から独立したが、独立宣言の精神にもかかわらず(或いはそれだからこそ)アメリカが黒人奴隷を酷使することになった歴史は、ここに書くまでもない。この映画は、そういう意味で現代にもつながっているのである。
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