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ディーバのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ディーバ(1981年製作の映画)
4.2
 郵便配達の少年ジュール(フレデリック・アンドレイ)は仕事着も着替えぬまま、バイクに乗り足早にコンサート会場へ到着した。今日は彼の憧れるオペラ歌手シンシア・ホーキンス(ウィルヘルメニア・ウィンギンス・フェルナンデス)のパリでのリサイタルがここで開かれるのだ。人気歌手を一目見ようとチケットは既にソールド・アウトし、少年は3列目に陣取り、開演の時間を待つ。大人気のソプラノ歌手は、決してレコーディングしないことで有名な歌い手だった。レコードにならない幻の歌手。18歳の少年はそんな彼女の追っかけをしていた。欧州中を回り彼女のリサイタルを見て回ったが、今日はいつもと様子が違うのだ。彼は座席の下にNAGRAのテープレコーダーを隠し持ち、彼女の歌を3列目から秘密裏に録音した。それがいけないことだとわかっていても、彼はその日の空気を永遠に記録し、繰り返し再生する欲望に駆られていたのだ。ライブが終わり、彼女にサインをもらいに行った少年はどさくさ紛れに、彼女の前回の公演のドレスさえも盗んでしまう。

 寂しく孤独な18歳の少年は、録音しないオペラ歌手の歌唱を高性能録音機で録音し、大切な衣装すらも自分のものにする。ジュールはシンシアとの明るい未来を夢想する。巻き込まれた罪と巻き起こした罪。犯した罪に誘われるように罪が罪を呼び込み、彼は2つの組織に追われる羽目になるのだ。ベトナム娘アルバ(チュイ=アン・リュー)はレコード屋で興味本位でレコードを盗み、その姿をジュールに目撃される。そしてアルバの恋人でギリシャ人のゴロディッシュ(リシャール・ボーランジェ )は、「波を止めること」を夢見ながら、ロフトで巨大なジグソーパズルに向かい合う。都市で起こる複数の欲望と犯罪、それらは孤独な都市生活者の病巣を巻き込みながら幾重にも絡み合い、不幸を招く。廃工場を改造したような殺風景な彼らの住居には間仕切りがない。壁に描かれた車の落書き、巨大なスピーカー、ヌード写真とゴーグルとNAGRAのリールテープ。大量消費社会の無秩序と暴力、そして無口な若者たちの病巣と欲望とは、引きこもり世代の登場をあまりにも早く予見していた。

 久しぶりに観直したがメトロをバイクで逃げる場面の疾走感は今もなお色褪せない。早朝のパリとゲームセンター、立体駐車場とスケッチブックと日傘。トリコロールで描写されるノワール・サスペンスの鮮烈な色彩。幾つもの抽象的なイメージがごちゃ混ぜの状態で一切整理されることのないまま、鋭いエネルギーとなり我々を突き刺す。今作は「恐るべき子供たち」と呼ばれたジャン=ジャック・ベネックスの処女作にして、彼の代表作と呼んでも差し支えないだろう。個人的には『ベティ・ブルー』以上に今作の輝きが忘れられずにいる。1月13日に75歳で亡くなったジャン=ジャック・ベネックスのご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。
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