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リトル・ニキータのotomisanのレビュー・感想・評価

リトル・ニキータ(1988年製作の映画)
3.5
 パパとママはロシアのスパイ?いかにもジュブナイル級な設えで当のスパイ夫婦もアメリカよいとこ、いやいやながら潜伏してきた風だったりして、10年前の「テレフォン」の催眠術で有無を言わさず自爆に走らされる冷酷ぶりからするとえらい違いだ。
 「テレフォン」では、米露間もデタント末期、ただし武力拮抗でも経済・社会大凋落のソ連のアフガン直前もやもや期に「冷戦を忘れるな」な調子で造反した先鋭的KGB士官の暴走が事件化したのに対して、こちらはゴルビー時代、寝た子を起したくない首脳の意向に反し、潜伏工作員狙いの暗殺を仕掛け身代金を要求する工作員崩れが暗躍するという時節柄?が反映されたみたいなお話だ。FBIのポアチエの網にリヴァーが引っ掛からなければ、スパイのパパとママはソ連の内ゲバと金欠のせいで露と消え、米国は知らぬ間に工作員清掃完了という次第だろうか?どうもカネを取る気なら「テレフォン」並みにKGBをやきもきさせる仕掛けがも少しほしかった。
 ただ、事の終息に当たって犯人をメキシコ送りにする米露間の意思統一がうかがわれる辺りに目に見えない当局者の調整作業が感じられた。恐喝犯とその知り得たソ連内情報をソ連に取り戻し、スパイ夫婦とその20年前の知見を米国に、カネの行方はこの際不問という事でソ連の失態を内々に済まし、米国優位の強化もそのまま成り行き任せという両首脳間で合意済みですというわけだが、その分、その見えなさが他方話の物足りなさを深めてしまったようでもあり、これも惜しまれる。あっさり国境を越えるロシア勢だが、国境警備や内国諜報の当局者の目が光っている事を示す手立てが組めなかったものか。まあ、それが見えるなら仕事になってないという事なんだろう。
 そのほか、港でのカネ受け渡しでも国境手前でも発砲沙汰になって、それが騒ぎを引き起こさない不自然がわだかまっているわけで、これも含めみなエスピオナージュをジュブナイル級に納める難しさなんだろうか。
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