Tanaka

十二人の怒れる男のTanakaのネタバレレビュー・内容・結末

十二人の怒れる男(1957年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

声の大きいだけのおじさんがマイノリティになったときにみんなから無視される場面がゾワゾワする。マジョリティの権威を失った瞬間誰からも相手にされなくなる、俯瞰でこの密室を撮るセンスが凄すぎる。

この映画は十二人の意見から事件を見るが、この映画自体とても複合的な意味があり様々な見方ができるのがとても魅力的だ。その内の一つを忘れない間にメモしておきたい。



とにかく証言に信頼性はあるのかということを改めて考えさせられた。記憶というと録画装置のように脳に保管され、古いものや重要でないものから削除されていくように思えるが、脳に録画装置などどこにもなくただ記憶の断片がバラバラに転がっているだけ。記憶は思い出すときに再構築される、という研究が20年以上前に行われ現在の記憶研究の総意になっている。

記憶は他人の言動によって簡単に歪められるし、自分でも偽りの記憶を作り出すこともある。(詳しい根拠はここでは省く。)じゃあ、証言はどこまで信じるべき?告発は?辛い思いをした被害者の告発を疑う?そんな不愉快な議論は誰しもが避けたい。単純なストーリーが欲しい。仲が悪い親子の父親が死んだ、不良の少年が殺したに違いない。もっとも単純で現実味のあるストーリーだ。罪悪感もなく死刑にできる。

映画の冒頭では陪審員8番以外が単純な思考を辿り有罪を選んだ。しかし、8番だけこの脳の仕組みから外れた考えをする。偏見に囚われない賢い人物だが、正直8番が異常なのだ。



公開当時は記憶の研究もここまで進んでいなかったし、(ベトナム戦争帰還兵のPTSD問題の前でもある)監督の意図したものではないだろうが、公開から60年以上たった今でも科学の発展によってまた別の視点からも作品が観れるというのは本当に奇跡のような作品だ。(そもそも記憶の研究について知らなかったらこの視点も生まれなかったかもしれない。)

最後まで事件の答え合わせをしないのが素晴らしい。ストーリーの語り方も面白いし、テーマの語り方も面白い。間違いなしの傑作。
Tanaka

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