亘

風が吹くままの亘のレビュー・感想・評価

風が吹くまま(1999年製作の映画)
4.1
【人生への畏敬】
イラン北東部の村。TVディレクターのベザードはクルーを連れ、この地域の葬式を取材に来る。高齢の老婆がもうすぐ亡くなると見込んでいたがその時は来ずクルーたちは帰り始めてしまう。

山間の村を舞台に、ベザードと村人たちの交流をゆったりと描いた作品。テンポがゆったりだけど、荒涼としつつも美しい自然や少しシュールながらも温かみを感じる展開でずっと見ていられる。「都会の生活で擦れた主人公が田舎町で優しさに触れる」というありがちな題材ではあるけれども、その中でもひたすらに純粋で素朴な作品。

本作がここまで心にストレートに響くのは、ミニマル作品だからだと思う。ベザードの周りには取材クルーたちがいるはずなのに彼らの姿は映されず、本作の重要人物の老婆も映されない。さらにはひたすら村の同じようなエリアが繰り返し現れる。ミニマルだからこそベザードとそれを取り囲む人々や、村の中で起きるちょっとした変化に注目出来てベザードの心情の変化がよりストレートに伝わるようになっているのだと思う。

ベザードはクルーたちと共にイラン東北部のシアダレ村を訪れる。首都テヘランから700kmも離れたこの山岳地帯の村の葬式では珍しい因習が残っていた。彼らはこの村の高齢の老婆の死期が近いと聞き葬式の取材に2泊3日の予定で取材に訪れたのだった。そして彼らは案内人の少年ファザードにのみ本当の目的を伝え村に乗り込む。

彼らは老婆の死を待つが老婆は死なず、むしろ回復しているようである。2泊3日の予定が2週間になり取材クルーの間にはあきらめムードが広まる。そのうちベザードを残して去るが、ベザードもまた上司からせかされているようで追い詰められてしまう。一方でこの村の人々はずっと優しい。鍵をかけてない車にカメラを置いていても盗まずにむしろ渡してくれたり、毎日パンを持ってきてくれたり、ベザードの滞在がどんなに伸びても変わらず対応してくれるのだ。

そしてベザードも次第に罪悪感を感じたり、人生について考えたりする。「私は悪人か?」や「人間もオーバーヒートしてしまう」というファザードへの言葉は、彼が自分自身を見つめなおしたからこその言葉だろう。また彼が語る「風が吹くまま。心は風のままに」という詩の一説や終盤出てくる医師の深い言葉は、当初のベザードや取材クルーが忘れていた人生の本質や美しさを表している。

そしてラストではついに葬式になるわけだけど、ベザードは取材に行くわけでもなく遠くから眺めている。これはベザードが心変わりして人生や死に対してリスペクトを持ったことを表しているのだろう。また骨を川に投げるシーンは、まるで精霊流しのようでこれも自然への畏敬を示しているように感じた。

印象に残ったシーン:ベザードと医師が黄金の大地の中をバイクで走るシーン。
亘