つるつるの壺

美しき冒険旅行のつるつるの壺のネタバレレビュー・内容・結末

美しき冒険旅行(1971年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

現代人が大自然を彷徨い癒しや気付きを得るみたいな話は多々あるが、今作は登場人物のバックボーンも殆ど描かれないしセリフも少なく、イメージを積み重ねて思考を促すことで現代人を相対化させる。

ピクニックに同伴した父がいきなり自殺してしまい、あてどなく砂漠を彷徨うことになった姉弟だが、ここでの父の死は資本主義社会で労働に翻弄されロールモデル足り得なくなった父親像の死のように思われる。
ウォークアバウト中のアボリジニの青年が現れた時、弟が「お父さんだ!」と言うが、彼がこの砂漠においては父の役割を担っていく。

生き物を殺して食べながら生きていくという根源的な生を通して、装飾された文明社会を相対化していく。
最初は文句を垂れていた弟の方が自然に順応していたのは彼がまだ幼くて文明社会に染まり切っていなかったからだろうか?

生きるための狩りが現代人にとっては娯楽として消費されていたり、金を儲けるために自然が所有物になっていたりと、自然に侵食してくる文明社会というものが随所に挟み込まれる。特に説明があるわけではないので少し混乱するが。

青年と姉弟の関係性が文明社会が残した空き家で少しづつ崩れていく。空き家に残された写真や調度品に触れることで文明社会が恋しくなってしまった姉と青年との間に距離が生まれ、青年が何かを伝えようとするが伝わらない。根源的な生の中では言語の不一致はさしたる問題ではなかったが、それが次第に齟齬を来す。また、今まで自然の中で共に過ごした時とは違い、この空き家では内と外という位置関係が発生し、それが二人を妨げる。
こうして両者の文化の違いが顕著に現れ、渾身の求愛ダンスも伝わらず、青年は絶命する。

空き家を離れて姉弟がたどり着いた先にあったのは企業の社員寮のような所で、そこで出会った白人のジジイは「ここは会社の私有地だから勝手に入るんじゃねえ!」と激怒する。自然という誰にも所有されていない場所から、誰かが所有する場所への帰還。それこそが自然と文明社会、ひいては資本主義社会を隔てるものであるように思う。