亘

Whale Valley(英題)の亘のレビュー・感想・評価

Whale Valley(英題)(2013年製作の映画)
3.9
【辛さを打ち明けること】
アイスランドの田舎町。幼いイヴァルは、自殺願望を持つ兄アイナルを常に気にかけていた。しかし住民が少ない町には閉塞感が漂い続ける。しかしある事件からアイナルは自らの辛さに向き合い始める。

『ハートストーン』の監督によるショートフィルム。アイスランドの少年たちと閉ざされた町ゆえの閉塞感という設定は似ている。けれども本作の焦点「自分の心の中にある辛さを打ち明けられず、思い詰めてしまうこと」は、『ハートストーン』のテーマも内包しているより普遍的なものかなと思う。

アイナルは人生に絶望していた。だから一人で納屋で首つり自殺を試みるが、たまたまその様子を発見した弟イヴァルを口止めする。アイナルは両親に自分の辛さを知られたくないのだ。

兄弟の住む街は田舎町で住民も数えるほど。季節もあって本編中はずっと曇り空だし風景も荒涼としている。2人も特にやることがなく草原の中に座ってたばこを吸う。家庭内でも父親は無口で食事中の会話は盛り上がらない。そんな閉塞感が漂い続けている。打ち上げられたクジラの死骸はある意味そんな街の象徴といえるかもしれない。

アイナルが感じる辛さもそんな閉塞感から来た漠然としたものなのかもしれない。作中からは何も理由は分からないが、ただずっと暗い表情をしている。とはいえ彼は自分の内心を知られたくないからこそ絶望して自殺願望をいただいているのだろう。イヴァルだけはそれに気づいて父親に「アイナルがまた悲しそうにしている」と話して気にかけているよう。

兄を思うイヴァルだからこそアイナルの気を引こうとして自ら首つり自殺の真似をする。しかしそれが失敗し危うく死にかけてしまう。助けに来るアイナルの姿からは責任感や弟思いの姿を見ることができた。これこそアイナルの本性なのだろう。彼の責任感はその後のイヴァルへのセリフ「お前は強くならなければならない」にも表れていると思う。

そこからのイヴァルの心中をくみ取った言葉「お父さんとお母さんに話してほしい?」は彼が自らに向き合う一歩を踏み出したことを表しているのだろう。この事件で弟イヴァルが自分のことを気遣っていることを知った。それに自分は弟に強くなれと言っていたが、自分は辛さを他人に開示するほど強くないのだ。漠然とした辛さは解決できるのかわからないが、ついにアイナルは自らの感じる辛さに真正面から向き合うことになるのだろう。

トーンが暗めで静かながらも兄弟愛を感じることのできる作品だった。

印象に残ったセリフ:「お前は強くならないといけない」
印象に残ったシーン:アイナルとイヴァルがベッドで話すラストシーン。
亘