マカ坊

ドライブ・マイ・カーのマカ坊のレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.5
世間的な評価もほぼ定まっていて、身近な人にも勧められていたものの、その長さに怯んでしまって中々踏ん切りがつかなかったが、ようやく意を決して鑑賞。

独特の緊張感を持続させるショットの連続と、作品の中心に意図的に置かれた「空洞」の輪郭を捉える事に夢中で、眠さを感じる暇もなかった。こんなにスリリングな映画だったとは。岡田将生の顔面にここまで緊張する日が来ようとは…。

劇中劇の本読み稽古後のシーンで「外国語のセリフだと寝ちゃいそうになる」という会話が何気なく為されるが、今作を観て眠たくなる人は、まさにこの映画そのものが「外国語」に聞こえてしまっているのだろう。今作の長さは、そんな「伝わらなさ」「分からなさ」そしてその先にある「おもしろさ」をフロッタージュの様に浮かび上がらせる為にこそ必要な3時間だった。

今作の登場人物のほとんどは(現実世界の我々と同様) 、日本語話者同士でさえ、異なった「言語」でしか会話ができない。なまじ単語と文法と発音を共有した言葉が通じるだけに、当然心も通じているものだと信じてしまう。そんな盲目的なアイデアを乗り越えるには、処方された点眼薬ではなく、家福にとってのみさきの様な「翻訳者」が必要だ。

思うに、統一されたフォントで個々の文脈を無視して罵り合うようなSNS社会では、「人はそれぞれ異なる言語を持つ」、という事実がどこまでも後景に追いやられてしまっているように感じる。歌も踊りも絵画もセックスも皆のっぺりとした"San Francisco"にその質感や体温を奪われる。この取るに足りない感想文もそう。

最近は何を観てもこれから生まれてくる子供の事を考えてしまうが、この子が将来どんな「言語」を獲得したとしても、その手触りを損なう事なく会話ができる大人でいたいと思った。
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