とら

オッペンハイマーのとらのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.8
たくさん待った。ずっと楽しみだった。
これを観るために広島にも行った。
ついに公開日、3月29日。ノーランと約3年半ぶりの再会。池袋のIMAXレーザーGTは早々に席が埋まってしまい、予約が間に合わず、TOHOシネマズ新宿のIMAXに変更。

長い映画ということもあり、鑑賞前2時間前から水分を摂らずに集中するための準備を欠かさない。必死に高揚を抑え、席に着く。

3時間の鑑賞後、出てきた感想は『すごいものを観てしまった。』という一言。

クロース・アップの際に背景をぼやかすトレンドのカメラワーク。人物がセリフに喰らうタイミングでPOVを持ってくる切り返しの上手さ。人物が立っている際のPOVはほぼ必ず手持ちで少し揺らすのに対し、座っている時のPOVはFIXであるこだわり様。

アングルやポジションにも全て意味付けらる。座る人、立ち上がる人で人物の目線が変化しても力関係が対等であればアイラインにカメラを置く。

登場人物ごとに背景の色を統一する工夫。

全てのショットから感じる、カメラの位置取り、編集への拘りに信頼を覚える。

トリニティ実験も『どうせ全部実際に撮ってるんだろ、お前。』と言いたくなるほど迫力のある映像と圧倒的な音響の組み合わせによって、劇場に衝撃を走らせる。

そして、何よりも演説のシーン。
慶に暮れる民衆が、だんだんと被爆した方と脳内で置き換わる様子を演出一つで表現する。

キティと出会った時のセリフ(私たちは空洞であり、交わることができないみたいなやつ)の伏線を回収するかの様な、原爆で焼けて灰になった人間の空洞と踏み潰すことで交わる演出。一瞬ジーンのショットを挟むことで想起する死の記憶。このショットひとつで自分の罪について責める理由も説明している。

これだけの天才が、道徳的呵責に悩む人間性は序盤にベッドシーンを入れることで表現する。人間宣言的なシーンを入れることで、天才と人間のバランスを取る。

登場人物が多く、覚えられないことを分かっているため、本作冒頭で尋問で裏切られる時の質問を流す配慮も良い。



もちろん、実際に出た被害、状況についてどこまで言及するのかという問題はある。
写真や実際の被害についてはほとんど提示されない。

しかし、ラストの結末について核を作った事について後悔を暗示させていると"受け取れる"構成にはなっている。また、それを落とした事への影響については大統領を傲慢に描く事で観客の批判的な視点を促してはいる。

平和記念資料館へと足を運んだ身からすると、今回モノクロを視点の違いを印象を付けるために使われていたが、白と黒は現代から見た戦争の記憶(写真や原爆被害の光や雨や影)だろ!!!とはとても思う。

ただ、映画作りが上手すぎるのとエンタメとして完成されすぎていてリアルな問題意識は全く伝わらない。

しかし、これだけのビッグタイトルで、現役最強監督とも言えるクリストファー・ノーランが原爆を扱ったことは、大きな意義があると思えてならない。

日本映画でその視点のものは作れば良い。

では作れるだろうか。ブロック・ブッキングのガラパゴス的な業界で。会社の成長が日本映画の成長と直接繋がってしまうこの業界で。
アカデミー賞の名前を使い、お金をある程度掛けていれば表彰される芸術性のない権威が蔓延る業界で。

最高峰の演出をする監督が、ここまで細かいカメラワークを突き詰め、拘りを見せているのだから。

とにかく、ビターズエンドに感謝を。
とら

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