よびちゃん

オッペンハイマーのよびちゃんのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.4
あまりに光と音の圧が強く、体験として作られているので、出来るだけ映画館で見るのがオススメ。スマホとイヤホンで見てしまったら疲労ばかりが強くなるだろう。そこそこ長く上映されそうだしリバイバルもあるだろうし、IMAXでなくてもぜひ映画館で。東宝がスルーしてどうなるかと思ったけど本当に公開されてよかった、Bitters Endありがとう。
プロメテウスが人間に火を与えた話の引用と爆発で仰々しく始まる物語は、冒頭からクライマックスと言わんばかりに原爆後の世界と過去を並べて観客を緊張させ続ける。緩和がなくずっとセリフと音楽が続くが、これが不思議と心地よい。音の鳴らしすぎは駄作の典型だと思うが、ノーランは例外。人を乗せるのが上手すぎる。忙しない編集と絶え間なく押し寄せる音により、歓声と悲鳴、そして爆音は等価になり、予見とトラウマをもって、過去も未来も同時に存在する。

【演出】オッペンハイマーが研究するシーンなどは、いつ名を馳せたのか分からないほど省かれ、その代わり幻視する量子物理学の光とゴー!ザー!という美しいノイズで「考えてしまう、分かってしまう」タイプの興奮と苦悩を表す。実験が下手な描写はあるが精神的不安定さエピソードは毒リンゴのみ。あらゆる要素が時代の流れや原爆開発の罪の意識に紐付けられる。
カラーとモノクロの使い分けは時間と思いきやオッペンハイマーとストローズの視点で、さらにそれぞれの中で時間を行き来する。ストローズの視点では公聴会のシーンを除きオッピーもいるので大きく話が変わることはないが、ストローズの存在が時制の移動を可能にするとともに、劣等感や嫉妬を持った視線が物語を多面的にする。
He's never once said he regrets Hiroshima - he'd do it all over because it made him the most important man who ever lived…
オッピーとアインシュタインの会話がノーラン名物の「折り返し地点」であり時空の接続点であり、ポイント・オブ・ノー・リターンだ。ここで個々に抱える感情が、実話モノを超えたドラマを生んでいる。
Since nobody knows what they said to each other that day, is it possible they didn’t talk about you at all? Is it possible they spoke about something... more important?
歩きながら話すなどの動きはあるものの、ノーランが度々指摘されている「非映画的で動きを繋げない」という部分はこれまで以上に強く感じ、はったりで観客を騙しているぞ!という感触は随一だった。しかし顔のインパクトと挿入されるヴィジョンで体験を作り出す技は圧巻で巨匠然としている。
撮影のホイテマは「IMAXは巨大だから画面端に物を置くとキョロキョロしてしまい見づらい、だから被写体は中央に置き、構図は平面ではなく奥行きで作るんだ」と話す。何を見るか選択するものではなく没入体験なんだなと感じ視線は常に中央で見たので、とても納得がいく。これは通常スクリーンでも体験できるが、IMAXという破壊的なフォーマットが要請した新しい演出法なのだ。
また、聴聞会でロッブに追及されるシーンやスピーチでの空間が震えピントが合わなくなる描写は不安演出として新しく、ノーランの進化を感じた。

【描写】オッペンハイマーは、予見者でありながら未来や惨劇から目をそらすアンビバレントな存在である。爆弾と言った同僚に即座に「ガジェットだ」と訂正する。世界を破壊する力だと知りつつも、自分に言い聞かせるように無機質に見せている。
これは研究だ。 これは装置だ。 これは抑止力だ。
ナチスに先を越されてはならない。まだ日本が残っている。この力を知らしめなくては。「科学者は未来を予測し怯えるからこそ原爆投下を辞めるべきと考えるが、庶民は落としてから初めて恐怖する、だからこそ投下すべき」
会談したトルーマンは軽妙ながら威圧感も。「自分の手が血塗られているように感じる」と話すと去り際に聞こえる言葉は「弱虫」。彼もまた選択に苛まれ行いを正当化し、それに比して「お前の責任など軽いものだ」と考えていることが分かる。
日本については、東京の死者がほぼ民間で10万人、候補都市リスト、スティムソンによる京都除外(ただし史実ではもっと真剣だったようだ)、広島長崎への反応など想像より情報が厚く批判的。爆発と黒焦げの死体の幻覚があるにしても、広島の被害はちらっとでも映せば?とか思うけどね。
日本を描かないにしても、湯川秀樹登場させられたはず、とかロスアラモスから強制退去させられたり放射能汚染された土地に帰還せざるを得なかったネイティブアメリカンの存在は目に入っていたのでは?など疑問はある。あなた白人ばかり描きますよね?という指摘は今後もノーランについて回る可能性がある。

【役者】最高。ピュー、ブラントの女性陣も強く激しく。背後で睨みつける様子とかホラーだった。サフディが演じるテラーの不気味さ。ケネス・ブラナーかっこよすぎてニヤニヤ。ハートネット陽気堅気。デハーンかっけえ冷徹。ジャック・クエイドがファインマン演じてるのも爽やかで良いんだけど、ボンゴ叩いて実験成功だーって言うだけなんで、なんか研究シーンとかないの?と思ったね。あと小役ながらラミ・マレックが演じていることで重要人物だと分かるデヴィッド・ヒル。署名を断られるもオッピーの肩を持ちストローズ非難に回るが、なんでそんなに事情通なのか分かんない! グローブスは大きな対立はないものの相容れず緊迫した関係。"You don’t get to say 'no' to me-"
"It’s my job to say 'no' to you when you’re wrong"
"So you’ve got the job, now?"
"I’m considering it."
"I’m starting to see how you got your reputation."

【終盤】核分裂が連鎖反応で大気の発火に繋がり世界が燃え上がるのではないかという可能性が「限りなく0に近い」、完全には否定できないという恐ろしい予測が立つ。オッペンハイマーは開発の最中アインシュタインと会った際この考えを共有する。そして後年再会した際にはこれが物理的でなく、核開発競争と保有による永続的な脅迫として、核がもたらした新世界で実現したと悟り、避けられぬ未来を幻視して慄く。I believe we did.

そしてこの先見の明を持ちながら時代に屈服した男の物語を見終えたとき、ノーランは映画界にIMAX大作というガジェットでチェーンリアクションを起こしてしまったのではないか?という問いが浮かぶ。
これまでもノーランは自分に重なるような主人公を多く撮ってきたが、それなら彼は取り返しのつかないことをし、負ける運命にあるのか?その場合エドワードテラーはザックスナイダーなのか?ヒーロー映画なのか?巨匠たちがIMAXを(仕方なく?)選択する現状なのか? コロナやストライキによる打撃、AI、アメリカの衰退により、映画が脅かされる環境の中、ノーランはその守護者なのか破壊者なのか。
わたしたちは、史上最後のスター映画作家のフィルモグラフィーと共に生きているのかもしれない。
よびちゃん

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