パイルD3

ピクニック at ハンギング・ロック 4Kレストア版のパイルD3のレビュー・感想・評価

4.5
昨年10月末から始めまして、皆様のおかげで、やっと当初自分で予定していたレビュー100個まで届きましたので、この後の継続をどうするかを絶賛迷想中ですが、
とりあえず100本目は、心酔するピーター・ウィアー監督の作品にしました

先頃、監督としての引退を正式表明したことはとても残念ですが、確かにウィアー監督は高齢ですし、無理せず抗せず無謀せずということだと思います
この潔さと折り目正しさが作品に反映されている監督だと思います

近年増殖中の旧作4Kリボーン版の劇場公開は、新作を優先してしまうので特別な理由が無いと機を逃しがちですが、この作品はスイスイ泳ぐように観に行ってきました


【ピクニックatハンギング・ロック】

“見えるものも、私たちの姿もただの夢、夢の中の夢“…
という、謎めいたナレーションが冒頭に出るが、エドガー・アラン・ポーの詩の引用である

これに呼応するように、最近のもので言うと濱口竜介監督の「悪は存在しない」と同じ作劇法で、作り手の答えが無い謎の深まるストーリー

《魔のハンギング・ロック》
1900年、オーストラリアで実際に起こったとされる不気味な失踪事件のドラマで、ハンギングロックと呼ばれる要塞のような岩山に女学校の生徒たちが遠足に出かけて、岩山の上部へと登っていった3人の生徒と引率の教師1名が忽然と姿を消す…

これが謎の神隠しとして、世界中に拡散するような一大失踪事件となるが、作品の視点が優れているのは、関わった人々の失踪事件後の動揺の姿を描いていること

神秘と現実の境界を曖昧にせず、神秘は解決せず残るが、現実は流れ続けるということを見せようとしている

《臆測の行方》
但し、飛び交ったであろう人々の憶測は極力抑えていて、逆にそれは観る者が頭の中で疑問符をつけながら推察するのに任せて、実際に校長が責任者として追い詰められる様や、残された女生徒たちの乱れたメンタル部分に切り込んで行く

《後遺症》
観客を含めて、人物全員に後遺症が遺る仕掛けになっている

無責任に突き放しているわけでは無く、ウィアー監督は、ハンギングロックという悪魔的にも見える原風景の中で消えた生徒と、女学校という多くの規律によって束縛し抑圧する学校から、事件後の混迷の中で生徒や職員が去っていく姿を重ね合わせていて、自然が生み出す恐怖と、人間が作り出す恐怖を見事に対比している

《原作者の意図》
原作者ジョーン・リンジー女史の弁では、犯人探しのミステリーではなく、ハンギングロックと女学校という、ここでしか起こり得ない謎めいた事件を書いた…となる

小石を水面に投げて、広がる波紋のようなものをイメージしていたらしい
これが失踪事件による周囲への余波のことでもある

《捜索…》
警察犬なども登場するが、1900年当時の徹底したアナログ捜索だけに、科学的な力はゼロに近い
薄暗い空洞や切り立った崖しかない不気味な岩山の危険すぎる地形の中では、可能な限り目視で確認するしか為す術が無かったと思われる
長年かけて捜索は続くが、失踪の真相は迷宮入りのままである

《異空間に迷い込む人物たち》
ここで思い浮かぶのが、ピーター・ウィアーが描く作品創作テーマのこと
ウィアー監督は、ハリウッドに招聘されてからは“異郷の地“、“異空間“へと迷い込んだ人間をあらゆる形と設定によって描き続けたが、実はオーストラリア時代からこの主題を形にしていたことが本作の存在によって明かされる
むしろこの題材と巡り会ったことが、ピーター・ウィアーの起点なのかも知れない

“解決のないミステリーは
 死なずに生き続ける“

…ベストセラーとなり、今でも世界中で読まれている原作に対する敬意も併せた監督の言葉




◉⚠️欄外↓↓に、ネタバレとして
「ディレクターズカット版のカットシーン」について追記しています
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