ジミーT

生きる LIVINGのジミーTのレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
5.0
この映画を観ていて、「SOSタイタニック/忘れえぬ夜」や「タイタニック」に出てきた英国紳士を思い出しました。船が沈むというのに平然と食事か何かしている。「早く逃げてください!」と言われると「この期に及んで取り乱すくらいなら普段から紳士面したりはせんよ。」と言って立ち去る。「私もお供します。」とついてゆく執事。本作の主人公もタイタニック号に乗っていたら、同じように行動をしていたかもしれません。

黒澤明の映画というのは正面に立ちはだかって、真っ向から議論をふっかけてくるような熱さというか暑苦しい個性があります。「生きる」はそのような黒澤明の作風が全開の傑作でした。
一方、このリメイク版はその真逆で作っている。非常にクールというか、熱く暑苦しい部分をそぎ落とした抑えた作りは冷静で静謐でクールでハードボイルドなタッチさえ感じさせます。

主人公もクロサワ版は運命と折り合いをつけられずに七転八倒(注)してのたうちまわるという感じでしたが、こちらは動転しながらも最後は運命を受け入れ、いまやるべきこととして公園建設を進めてゆくという感じなのです。
クロサワ版は自分のために何かひとつをという最後のあがきであり、リメイク版は市民のためにと使命を遂行する。結果や過程は同じでも、主人公の動機付けは全く異なる感じなんですね。
どちらが良いのか?それは言えません。クロサワ版の老醜もリメイク版の英国紳士も、生涯ただ一度、「生きる」という姿を見せたことに変わりはないのだと思います。

リメイクというのは元ネタが名作であばあるほど作りづらいと思うのですが、これは傑作から新たな傑作が生まれたという感じでした。


昔、ある脚本家の講演で聞いた話ですが、「生きる」を作るにあたってチーム・クロサワはこの映画の「テーマ」を「余命いくばくもない男が七転八倒する話」と決めたそうです。「テーマ」とは「誰が何をする」というように具体的に一言で言えなければならず、もし例えば「生きるとはどういうことかを問う」というようなことをテーマにしたらこの映画は完成しなかっただろうとのことでした。なるほど!!
ちなみにこのお話をした脚本家がどなただったのか忘却。忘却とは忘れ去ることなり。
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