溌狩

月の溌狩のレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
2.0
・私は家族に知的障害者がいたから、この映画で描かれているあらゆる事柄の当事者のつもりで観たのだけど、全然良いと思えなかった。ストーリーの運び方や映像はすごく良くできていると思う。俳優の方々の演技も今年観た映画の中で一番かもしれない。でも、私はこの映画を肯定する気には到底なれない。

・この作品はとにかく問いだけ投げかけて、「なぜその問いが生まれたのか」を追求することもなければ、自ら答えを出そうともしない。それがズルいと思う。
「考えてみてください」という態度を取るのは勝手だけど、「重度障害者は心がないから生きる価値がなく、殺害することが社会にとっても本人にとっても最良の選択だ」という思想を持つ人間を「問い」の中心に置いて、最後まで明確に肯定も否定もしない意味がわからない。なぜ正面切ってその思想を否定しないのか。障害者を人だと認めるのはそんなに難しいことなのか?
最後の最後まで当事者になろうとせず、外から想像上の「障害者」を指差して問題提起だけし続けているのが嫌だった。

・「あなたも実はそう思ってるでしょう?」と観客の内に眠る差別心を自覚させたいのだとしても、その上で「でも、それは間違っている」と言い切ることはできたはずだ。
それに、明らかに論理が破綻した言説を述べる人間がたくさん出てくるのに、作中の誰も誤謬を指摘しないのもおかしい。なぜ誰も「心って具体的になんですか?」とか、「心の有無は他者のあなたに観測できるんですか?」と言う人がいなかったのだろう。この映画は誰がどんなおかしなことを言っても、誰も反論を試みず、モジモジして曖昧な返事をするだけに留まり、「考えさせられますね……」という雰囲気で終わらせる。モジモジしてる場合かい!!!!と思わずにいられなかった。

・この映画を観て「考えさせられる」「答えが出ない」という感想を残す人は、具体的には何を"考えさせられて"いるんだろう。障害者は死ぬべきなのか……?とか、障害者は人と呼べるのか……?ということを「答えの出ない問い」として考えているのなら大したものだ。

・真に答えが見いだせず、問題提起しなければいけないのは犯人個人の思想についてではなく、そういう視野狭窄を醸成した社会構造であったり、障害者を疎む人々の声であったりするはずだ。これらの事柄は作中で触れられこそするが、どれも「問題提起」で止まっていて、その先は描かれない。
実際に作中では「施設は森の奥にあって社会と切り離されているんですよ。なぜかわかります?」というようなセリフがあったけど、問いで終わらせず、その「なぜ」こそ深く掘り下げて描くべきだ。

・障害者や障害者施設の醜い部分を現実以上に醜く描いていてそれを「実態」という言葉でまとめようとする傲慢さとか、「綺麗事」と「現実」を対立させる詭弁のアホらしさとか、とにかく首を傾げた部分は山のようにあるけど、とにかくこれをもって「障害者の現実」とはしないでほしい。
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