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荒野の用心棒 4K復元版のArataのレビュー・感想・評価

荒野の用心棒 4K復元版(1964年製作の映画)
4.4
実に3か月ぶり、今年初の劇場鑑賞。
公開2日目、土曜日の午前中の回に行ってきた。
1日1回の上映と言う事もあり、会場はほぼ満員。
60年前の作品なので、リアルタイムだったであろう年配のお客様もチラホラとは居るが、それ以上に30代前後、中には20代と思われるお客様も多い事に少し驚いた。


レビューの順序があべこべになってしまうが、今作の鑑賞前には、セルジオ・レオーネ監督の「ウェスタン(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト)」、「夕陽のギャングたち」や、クリント・イーストウッドさん監督・主演の「許されざる者」などなどを鑑賞。そのうち書きたいと思う。


【あらすじ】
割愛。


【感想など】

・タイトル
原題は、イタリア語でPer un pugno di dollari、英語ではA Fistful of Dollars、直訳はいずれも「ひと握りのドル」。
邦題は、黒澤明監督の「用心棒」のマカロニウェスタンリメイク版なので、荒涼とした土地が舞台の作品にちなんでの、頭に「荒野の」をつけたものなのだろう。
内容は、まるっきり黒澤明監督の用心棒そのものなので、公開当時の日本においてはピッタリすぎるタイトルだったのだろう。
どちらの作品も60年経った今では、いずれも未見と言う方も多いかも知れないが、「荒野の」が有る事で、今作が後発の作品であると一目で見分けが付くと思えるので、秀逸なタイトルだと感じる。
ただし、今作の周辺作品には、似た様なタイトルの、似た様な内容のものがあまりにも多く、色々と混同してしまう恐れがあるのが玉にきずに思える。

以下、黒澤明監督の用心棒を「用心棒」、今作荒野の用心棒を「荒野の」で統一させて頂く。


・監督
セルジオ・レオーネ監督の出世作。
監督お得意の、顔面ドアップや、緊張感あふれる長回しシーンなど、既に表現方法が確立されている様に思える。
公開時は、アメリカっぽい名前の偽名を使用、ボブ・ロバートソンと名乗っていた。


・音楽
音楽はエンニオ・モリコーネ氏で、同氏とセルジオ・レオーネ監督は、同郷の出身で小学生時代のご学友。
こちらも今作が出世作と言える。
エンニオ・モリコーネ氏が、「用心棒」を見る様に言われ、佐藤勝氏の楽曲を参考にして作曲したと言われており、どこか和の雰囲気と言うか、時代劇と言うか、そう言ったものも感じられる、独特の空気感が漂う素晴らしい音楽。
オープニング曲「さすらいの口笛」は、一度聴いたら耳から離れない、とても印象的なメロディ。
哀愁漂う口笛と、太く歪んだエレキギター、迫力あるコーラス、迫り来るリズムが絶妙に絡み合う。
静かに始まるイントロの口笛は、まるで何処からかやってきた流れ者。アウトロで再び静かに口笛の音が響き、そいつが何処かへ消えていく様でもある。

所蔵のエンニオ・モリコーネ氏のレコードは、今作上映の情報を知って以来ヘビーローテーションで聴いており、鑑賞後も例外なく円盤に針を落とし、たっぷりと余韻に浸らせていただいている。


・キャスト
主演のクリント・イーストウッドさんにとっても、映画作品としての出世作だが、既にカリスマ性に富んでいて、冒頭からとにかくカッコいい。
目を細め、口を残した全ての顔のパーツが、眉間に集まるかの様な、独特のしかめっ面の様な表情は、私も何度も物真似した事がある。

こぼれ話として、元々はヘンリー・フォンダ氏、チャールズ・ブロンソン氏にオファーするも断られ、ヘンリー・シルヴァ氏、ジェームス・コバーン氏などなどを経て、クリント・イーストウッド氏に辿り着く。
TVドラマ「ローハイド」で人気を博していた当時、ローハイド以外のハリウッド作品に出演出来ないと言う縛りのある契約だったが、イタリアの映画であれば可能だと言う事で快諾したと聞いている。
その後、ヘンリー・フォンダ氏とチャールズ・ブロンソン氏は、「ウエスタン(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト)」で、ジェームス・コバーン氏は「夕陽のギャングたち」で、それぞれ同監督の作品に出演する事になる。

ラモン役の、ジャン・マリア・ヴォロンテ氏は、夕陽のガンマンでも最大の敵として出演している。


作中のジョーのセリフ「ロホが居て、バクスターが居る。その間に俺。」をもじって、「セルジオ・レオーネが居て、エンニオ・モリコーネがいる。その間にクリント・イーストウッド(敬称略)。」と言ったところだろうか。


・ロケ地
スペインのアルメニアで撮影。
マカロニウェスタン作品の主要なロケ地でもある。
現在どの様になっているのかは不明だが、いつか聖地巡礼で訪れてみたい。
行かれた方がいらっしゃったら、お話しを伺ってみたい。


・ストーリー
長らく、黒澤明監督が、ダシール・ハメット氏の「血の収穫」から引用したとされていたが、パンフレットによると同氏の短編「新任保安官」とを組み合わせた引用では無いかと解説。
いずれも未読なので、いつか読んでみたい。
解説を読む限り、納得の内容。ここでは省略させて頂くので、悪しからず。

「荒野の」は、「新任保安官」の人物設定などを重んじながら、「用心棒」をベースに作り上げられていると思われる。

ただし、「荒野の」制作サイドは、「用心棒」を制作した東宝に対して、結果的に無許可での制作となってしまい、裁判沙汰となってしまい、東宝が勝訴。


・キャラクター
「用心棒」が日本が舞台なので主な武器が刀で、主役の三十郎も武器は日本刀で、最大の敵卯之助の武器には、「鉄砲」が使用されている。
それに対して、「荒野の」はアメリカ西部が舞台故に、主な武器は「鉄砲(ピストル)」で、最大の敵であるラモンの武器は「ライフル銃」となっている。
「日本刀」と「鉄砲」、「ピストル」と「ライフル銃」、いずれも最大の敵がリーチで圧倒的に勝る武器を所持していると言う、やもすれば卑怯とも言える相手に対し、手負いの状態で勝利する様は大変に爽快である。

重傷を負った後、数日間身を潜め、傷の回復を待ち、いざ決戦の場へ向かう際、「用心棒」では亡くなった人のための刀の中から、飛び切り切れる刀をくすねて来るが、「荒野の」では見事に本人のピストルをくすねてくる。おまけにダイナマイトまで用意してくれたおかげで、イーストウッド氏演じるジョーの再登場シーンは、笑える程最高にカッコいい演出となった。


・ラバ
主人公が登場シーンで乗っている。
ロバと馬との交配種で、馬よりも小柄だが、非常に丈夫で逞しく、しかもとても経済的でお利口さんだとして知られている家畜。
ジョーが街にやって来てすぐ、悪党どもが悪ふざけでラバに威嚇射撃をし、ラバは逃げ出してしまう。
ジョーは後に悪党どもに歩み寄り、「ラバが機嫌を損ねた。お前らは悪ふざけのつもりでも、ラバにはそれが分からない。どうしてくれるんだ?」と言った内容で凄むシーンがあるが、ラバは実際に荒い扱いを受けたりすると、ロバから遺伝した頑固な性格から、機嫌が悪くなり全く動かなくなるらしい。

そして、ジョーが馬では無くラバで登場すると言う事が、キリストが武力の象徴の馬では無く、農耕、ひいては平和の象徴とも言い換えられるロバに乗っていたとされる「エルサレム入城」の引用でもある。奇しくも、このレビューを書いている日は、と言っても尤も日付をまたいでしまったのだが、復活祭直前の日曜日だったと言う事で、「エルサレム入城の日」であった。

また、囚われの身の女性マリソルの愛息子のヘススは、「Jesús」と書くスペイン語の名前で、英語にするとイエスとなる。
マリソルも、スペイン語で「María de la Soledad/孤独なマリア」を短縮した事から生まれた「Marisol」と言うスペイン語の名前だと言う事も、非常に興味深い。


・パンフレット
3作品共通のパンフレット。
¥1,300-だが、60ページ以上にのぼるボリュームで、貴重な資料写真から、重厚な解説まで書かれており、十分過ぎる内容。
ちょっとした雑誌と言っても良い程の充実っぷり。


【お酒】
シルバニートのバー、ロホの屋敷、など、飲酒シーンは多い。
基本的には無色透明のお酒で、熟成前のウイスキーかテキーラやメスカルなどの蒸溜酒、もしくは密造酒だろう。

ジョーがロホの家で、お酒を浴びるほど飲んだ事で酔って潰れたと言う演技により彼らを欺き、こっそりと抜け出し、マリソルとヘススの親子3人を助ける姿は非常にカッコいい。


酒蔵のシーンも興味深い。
何のお酒かは不明だが、大小様々なサイズの樽がひしめいている。

・ジョーが酒蔵に侵入し、樽を物色しているシーン。
樽を叩きながらぐるりとまわり、中身が入っているかを確認している。
液体の量などにより、音程がほんの少し違っている。その中で、まるっきり違う音がする樽があり、案の定そこには液体とは違うものが入っている。
実際に、お酒の熟成倉庫を樽の点検でまわる人達も、同様に樽を叩きながらまわるらしい。
熟練の職人になると、音程で熟成具合などが聞き分けられる様になるらしい。
私も、何度か樽を叩いた事はあるが、確かに音程が違う事は分かるが、当然それ以上はまるで分からなかった。
流石に、空っぽの樽ならば聞き分けられるかも知れないが。

・ジョーが脱出の為に大樽を上から転がして、相手を倒すシーン。
通常約200-700リットルサイズが一般的だが、おそらくここではそれよりももっと大きな1000リットルを超えるサイズの様に見える。
となると、車の重さに匹敵すると思われるので、交通事故と同等の衝撃と考えられる。


そして、酒蔵のシーンでは無いが、酒蔵から運び出したと思われる幾つもの樽を使って、火事を起こし、ロホの一派が保安官のバクスターの家を襲撃する。

ジョーが脱出するシーンは、自らの命を守る為のやむを得ない理由に思えるのでまだ良いが、襲撃のシーンは、私利私欲の為に相手の命を奪う行為なので許し難い暴力。



【総括】
問答無用のマカロニウェスタンの傑作。
色褪せないどころか、今をもって尚ひかり輝く素晴らしい娯楽映画作品。
そんな名作を、60年以上経った現在に大きなスクリーンで、しかも綺麗に修正された状態の映像を鑑賞出来ると言う事が、何よりも素晴らしい。


日本の映画監督黒澤明氏が、アメリカの作家ダシール・ハメット氏の作品から着想を得て、イタリアの映画監督セルジオ・レオーネ氏が、アメリカが舞台の映画としてリメイクし、そして日本へ。

久々の劇場鑑賞。やはり、映画館は素晴らしい。

ファンの方はもちろん、未見の方にも是非、この機会にスクリーンでの鑑賞をオススメしたい。
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